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ブランドの力

グルメクラブ

4月29日(金)

 しょうゆや味噌の大手さくら・中矢アリメントスが、ワイン業界に乗り出すと聞いたときの衝撃は、ヤクルトが化粧品販売を始めたときに匹敵した。
 ホンマカイナ。北陸の生まれなのに、関西弁が口をついて出たほど驚いた。だが、少し考えて納得した。しょうゆ、味噌、ワインはいずれも、発酵作用を応用した醸造食品である。
 経営の多角化が浸透し、ブランド力がモノをいう昨今の社会では、専門外の分野でも儲かりそうなら何でもやってやろうとの発想が支配的になった。餅は餅屋でのみ買っていた、牧歌的な時代は過ぎ去った。
 日本のデパートのハンカチ売り場をのぞく。ハナエ・モリやケンゾーの商品が多数並んでいる。森英恵さん、高田賢三さんがかつてハンカチの職人であった話など仄聞しない。ビートたけしのカレー屋、梅宮辰夫のコロッケ屋というのもあった。いまでは、暴れん坊将軍松平健がマツケンサンバと称し、サンバを歌い踊る。節操のない、流行に対して軽佻な時代である。
 酒の世界はどうだろう。英紳士用品の老舗ダンヒルはタバコ、ライターと多彩な商品を展開しているが、そのオリジナルスコッチウイスキーもつとに知られる。ワインの場合は著名人が手を出すケースが目立つ。ブドウ畑を所有する仏の名優ジェラール・ドパルデューはそのシャトー・ティニエのラベルに、自身の横顔イラストを使う力の入れようだ。米映画監督のフランシス・コッポラも最近は映画以上にワインに熱心であるように映ってしまう。ブラジルのカシャッサも例外ではない。バイーアの大手葉巻メーカー、アンジェリーナ社のカシャッサを見かけたことがある。
 サンパウロ市内の有名イタリア料理レストラン「ラ・ヴェッキア・クッチーナ」のオーナシェフ、セルジオ・アルノーが監修するカシャッサが話題だ。各地の蒸留所を視察後、ミナス州イタジュバーのムザ(MUSA)に魅了されたことがきっかけだったという。ムザはバナナのカシャッサを手掛け、注目を浴びているメーカーだ。
 アメンドイン樽で熟成した物と、カルヴァリョ樽で寝かせた二種類のタイプがある。前者は個性の強い風味を誇り、薄いカラメル色の後者はドライな味わいが際立つ。イタリア産高級オリーブオイル、あるいはファッションデザイナーの香水を想起させるデザイン。空港の免税店にでも並んでいれば、カシャッサが入っているとは思わない。
 アルノーは先ごろ、カシャッサとそれに合う料理を出すレストランバー「ウニベルシダーデ・デ・カシャッサ」をイタイン区にオープン。また、ハイクラスのハンバーガー・サンドイッチをウリにした店も経営し、イタリア料理レストランで築いたブランド力をいかしたその営業拡張ぶりには舌を巻くしかない。
 サンパウロ市内でここ数年、最高の寿司屋と評価される「ジュン・サカモト」のサカモトが、ハンバーガーやコシーニャ、バウルーを提供する高級ランショネッテを始めるとの記事を先日読んだ。生き馬の目を抜く業界には「棲み分け」の概念などないのだ。

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