グルメクラブ
5月13日(金)
映画界でドキュメンタリー作家が気を吐いている。ブッシュ批判で世界の話題をさらったマイケル・ムーアの「華氏911」がブームの機運を高め、扱うテーマも多岐にわたる。
ブラジル関連で言えば、リオに住むフィンランド人映画監督ミカ・カウリスマキが作る音楽ドキュメンタリーの評判がいい。日本でも上映された「モロ・ノ・ブラジル」は、ブラジル音楽のルーツを求める旅の話を軸に構成した作品だった。最新作「ブラジレイリニョ」では、ショーロの演奏家に焦点をあてている。
ところで、カウリスマキに続いてリオに自宅を構えたアメリカ人ジョナサン・ノシター監督の、ワイン業界のグローバル化の是非を世論に問うドキュメンタリー映画「モンドヴィーノ」の公開が六日からサンパウロ市内で始まった。
味の画一化や、大企業による伝統的ワイン業者の買収が「しょうけつを極める」とも言える裏幕を丹念に追いかける一方、「ワインとはテロワール(ブドウ産地の土壌、地形、気候などを指す)の産物である」と考える「古き良き」生産者の声を拾い上げたところに見所がある。
フランス、イタリア、アメリカ、アルゼンチン、そしてブラジルと世界中の産地を訪ね歩き、三年の取材期間を要したという。インタビュアーはソムリエの資格を持つ監督自身。その相手は高名なワイン評論家やコンサルタント、生産者、仲介業者にまで及んだ。
しかし、どうして「ワイン後進国」ブラジルが登場するのか。国産ワインの一大生産地・南部山岳のリオグランデドスル州が「無視」され、北部乾燥地帯のペルナンブッコ州の造り手が選ばれているため、その疑問はさらに深まる。ノシターはこう説明している。
「映画は辞書ではない。それぞれの国のワイン事情について教養的な描写はしたくなかった」「(ワイン消費国の西欧的ではない)ブラジルらしいワインの世界を描きたかった。ペルナンブッコ州の産地を選んだのは、その超最新のワインに魅了されたからだ」
ノシターの眼に止まったのは、「ヴィニョ・トロピカル」「ヴィニョ・セルタネジョ」と俗に呼ばれる、ヴァレ・ド・サンフランシスコ地域のワインである。八〇年代からワイン造りの先鞭がつけられ、大手のミオロ、ロヴァラも進出している。その気候環境から、一年中ワインを生産できる「世界で唯一」の土地だ。
カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、ソーヴィニヨン・ブラン、モスカットなどが同地域の主なブドウ品種。木樽を用いず鉄のタンクを利用し、醸造過程の温度管理にも気を配った結果、ブドウの特徴をそのまま楽しめる果実味に富んだ若々しいワインに仕上がっている。ノシターが中でも、「値段の割に品質が高い」と手放しに誉めるボッティチェリと、映画に登場したビアンチェッティはいずれも、十レアルに満たない商品である。
三~五日までサンパウロ市のITM EXPOで開かれたワインの国際見本市。ノシターは「『モンドヴィーノ』のワイン」と題した試飲・講演会の講師を務め、ビアンチェッティを紹介した。生産者は八五年にリオグランデドスル州からやってきた夫婦で「ブラジルの気候と料理に合った未来のワインを造る努力をしている」という。ノシターは、「ボクは、偏見や因習に縛られず、伝統あるワインメーカーとも手を組むことなく、ブラジル的であろうとするその姿勢を尊敬する」と語る。
試飲・講演会ではこのほか、ウルグアイのファミリア・マグレス、アルゼンチンのサンペドロ・デ・ヤコチューヤ、ブラジルのダル・ピゾルも対象となった。このうち、ヤコチューヤも、「グローバル化」のワインの例として映画に出てきた一本だった。西欧はもとより、インドからアルゼンチンまで「空飛ぶワインメーカー」の異名をとるフランス人醸造家ミシェル・ロランのプロデュースした商品である。
今作の主要登場人物の一人、ロランはワインの多様性についてノシターに問われ、「色々な味があるからまずいワインも存在するんだ」と笑いながらだが、否定的な態度を示した。着色やミクロ酸素化などの化学的処理だって「おいしい」ワインのためならいとわない、「グローバル化」の権化たる発言だった。
ワインの画一化の是非を観客に突きつける映画だが、作品中、ノシターはあえて中立を保っている。だが、監督としてではなくソムリエとしての彼が、どちらを支持しているかは「言外」に分かるだろう。