グルメクラブ
6月10日(金)
「文藝春秋」四月号の戦後六十周年特集「消えた昭和」を見ていて、不思議に思った。「ほうきとちりとり」「原っぱ」「ちゃぶ台」「ご用聞き」「給料袋」「社員旅行」……。著名人が、それぞれの昭和をしのぶ好企画だが、〃食い物〃をテーマに選んでいる人は、何故かいなかった。
昭和というと私は、小中学生。個人的に一番懐かしい思い出は、給食の時間だけどなぁ。揚げパンや、ソフトメンは平成の今日でもあるだろうが、肝油と鯨の竜田揚げを食べた最後の世代に私は含まれるのではないか。瓶入り牛乳の一気飲みを競い、そのタイム短縮に日々努力を惜しまないようなコドモたちは、いまも日本のどこかにいるだろうか。「消えた昭和」を読んでそんなことを考えた。
給食の良さ。それは毎日のメニューが一目で分かる献立表が配布される点にある。好物の日は、盛り付け当番の買収策に知恵を絞った。「通常よりたくさん盛ってもらおう」と、あの手この手を尽くした。新刊のマンガ本を貸してやったり、「今度アイスクリームおごってやる」と甘言でつったり。「カネで買えないものなどない」のホリエモンと齢の近い私は、そうした経験を積み重ね、オトナの階段を上ってきたように思われる。その階段をどのくらい上っただろう。「人生の何合目」にたどり着いているのか。とにかく給食的体験、あの幸せは遠い過去の記憶である。
先日タクシーに乗った。運転手にタバコを吸っていいかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。「アンタは『体の主人』だ。吸うのは自由さ。でもね、体の健康を守るのも、アンタしかいない」。折りしも、多忙を言い訳にコーヒーとタバコで空腹をまぎらわしていた私にその言葉は効いた。振り返ってみれば、コドモの頃は親が、あるいは給食の献立を考える栄養士のおばさんが、健康に気を使った食事をきちんと用意してくれていた。だが、その後はどうだろう。栄養バランスの崩れた、不規則な食生活を送る日の方が多かった。
給食っていいな。改めて認識し始めていたところ、追体験できるレストランと出会った。SESCカルモである。献立表がもらえるばかりか、利用者の健康を考慮した充実の日替わりメニュー、盛り付けは目の前で、とまさに給食的。肉魚、あるいは煮込み料理などのメイン(四・五レアル)が常時三種類用意され、日替わりのサラダ(〇・四レアル)とデザート(〇・八レアル)も。フェイジョン(〇・五レアル)、パン(〇・三レアル)、ご飯(〇・六レアル)は選択方式。これは、給食システムより格段に自由度が高い。カッコ内の値段はSESCの〃非〃会員価格。会員ならそのほぼ半値で済み、フルコースでも五レアル程度で収まる計算になる。
そうか、これが噂のアレか、と思うような料理が毎日のようにあるのもいい。ブラジル料理ではシンシン・デ・ガリーニャ、ペイシェ・ノ・フバー、コジード・ゴイアーノ、シュシュ・トロペイロ、カジュジニョ……。西欧ではラタトゥイユ(夏野菜の南仏プロヴァンス風)、グーラシュ(ハンガリーのシチュー)、カフタ(レバノン風のハンガーグ)、カスレー(南仏の白インゲン豆と鶏肉の煮込み)といった国際色豊かな料理がずらり並ぶ。数カ月も通えば、国内外を旅した気分。グルメ入門にはうってつけだ。
五、六月のメニュー一覧をざっと眺めて驚かされるのは、「何々風ステーキ」の種類の多彩さだ。メディチ、カモンエス、ダニエル、フリカンドー、そしてガルニ。それぞれ、ルネッサンス期のフィレンツェの富裕貴族、ポルトガルの詩人、パリの三ツ星レストラン「ランブロワジー」のマダムの名前、仏料理の子牛の調理法、香草類の束――を意味する。では一体、どんな風味付けがなされたステーキなのか。本来はイタリア、フランス料理のレストランの品書きで見るような名称だけに、「給食」で提供するのは、力みすぎのような気もするが、試してみる価値は十分にある。
散財することなしに、普段の生活の中でちょっとしたグルメになれる上、専属の栄養士さん、調理師さんがメニューを作成、あなたの体を管理してくれるオマケもつく、このSESC「給食」。やけに盛りの少ない日があったりするのがやや難点だが、得意の買収行為で、いや、「当番」と顔見知りになるまでせっせと地道に通おうかと。
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セントロ区カルモ街147。平日のみ営業。午前十一時~午後二時四十五分、午後五時~同八時。問い合わせ電話11・3105・9121。毎月の献立表は事務局でもらえる。