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サンパウロの中のフランス=後編

グルメクラブ

2005年8月19日(金)

 そんな場合でもフランス人はワインを飲むのか。
 今月第一週にサンパウロ市文化センターであったフランス文化週間。その期間中、ジェラール・ドパルデユー出演映画が特集上映され、うち一本『オ・クローゼット』(邦題メルシィ!人生、フランシス・ヴェベール監督)を鑑賞した。
 近代的なコンドーム工場の経理部で働く男女がいる。残業後、オフィスの業務用机で宅配の焼きそばを食べる場面、その二人が飲むのはアルザス地方かどこかの白ワインだった。
 場所がコンドーム工場でも、料理が紙パックに盛られた焼きそばでも。フランス人の食卓にはワインが欠かせないことを物語る印象的なワンシーンだ。
   ――――――    仏ワインを飲むなら、とイジエノーポリス区バイア街683に昨年開業して以来、サンパウロに住んでいるフランス人の間でも好評のブラッスリー・エリック・ジャカンに行った。
 ジャカンはアドック・ロボ街1416のレストラン、アンティックの名物シェフだった男。ブラッスリーとはビール醸造所やビヤホールといった意味が本来ある、ビストロ(食堂)/カフェ/バーの機能を持ちあわせたフランスならではの飲食店だ。
 入り口に広いバー。カウンター脇では生牡蠣が氷上に盛られていた。いわゆる、最近見かけるオイスター・バーのような感じだが、新聞・雑誌や、ゆったりとしたソファーも用意され、居心地のいいカフェが同居しているようだ。
 バーの奥がレストランになっている。こうした目的に応じて利用できる使い勝手の良さこそ、ブラッスリーの特徴なのだろう。
 大手ワイン輸入業者の店舗が隣接しているため、ワインメニューは練られている。また、値段が二つ書いてある点にも感心した。つまり、業者での販売価格と、ブラッスリーで提供しているそれ、である。
 両者には一五パーセントの差額があった。例えば、アルゼンチンのフィンカ・シリヴィアナは業者で三四・四九レアル、ブラッスリーで四〇レアル。良心的な価格設定がワインをいつも以上に飲ませてくれる。
 平日の昼間だったので、背広ネクタイ姿の男性サラリーマン客が目立ったが、皆さんかなり飲んでおられた。飲み処ブラッスリーに来る人はやはり意気込みがちょい違う。
 ランチはコースで三十三レアル、相場だろう。十九日は、前菜がサラダかスープ、ついで、主菜が鯛のポワレとリゾットかオッソブッコとジャガイモのピュレーだった。
 店の内装でいえば、キッチンで働いている調理人たちの姿がガラス越しに見えるように設計されているのは、好みが分かれるところだ。個人的にはせわしなさを感じてしまって、あまり好感をもてないでいる。
 とはいえ、ちょっと前までは、この「舞台裏」を演出してみせる現代的センスをカッコイイなあと思っていたのものだが。最近はどうもいけない、趣味まで急速に老化してきている。
   ――――――   
 さきの映画『オ・クローゼット』の主人公が別れた妻を久しぶりに食事に誘う。待ち合わせた先のレストランで妻は、「ずいぶん田舎風(古風)なところを選んだのね」と不満を口にする。目線の先にはお通しの野菜スティックがあった。ジャカンのようなシェフのいる店なら、その代わりにこじゃれた一品が並んでいるはずだ。
 でも、上品・高級にはなじまないわたしには、野菜の滋味をそのまま味わってという素朴さ、気取りのなさがありがたいが。
 先月末に昼食をとった一九五四年創業のレストラン、ラ・キャセロール(ラルゴ・ド・アロウシェ346)のお通しは映画同様、田舎風(古風)な野菜スティックだった。
 ゴージャスだが見かけ倒しのお通しなぞ、ケッてなもんだ、とその野菜スティックは言っているような気がした。
 キャセロールはシチュー鍋のことだ。水曜日、フェイジョアーダの日であったせいだろう、そのフランス版カスレーを注文している客が多かった。あるいは、ブルゴーニュ地方の料理コック・オー・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)。
 花屋が軒を連ねる広場が眺められる窓際の席で、七十がらみの白髪のおばあちゃん二人がタバコの煙をくゆらせ、ワインを飲んでいた。散歩の途中なのか、服装はラフな体操着だった。いいねえと思った。
 日本ではフランスというと付きまとうお洒落や知的のイメージ。そんな「神話」とは無縁の、普段着のフランスが好きだ。「サンパウロの中のフランス」にも確認できてうれしい。

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