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(食)風景スケッチ10=9・99レアルの食堂兼書斎

グルメクラブ

2005年12月23日(金)

 日本人は本屋にいるとトイレに行きたくなる。
 その理由については、立ち読みの姿勢が自律神経を興奮させ腸の働きを活性化させるため。これがまあ有力説のようだ。
 ブラジル人も同じ「悩み」を抱えているのか。
 以前、リオデジャネイロの書店で、そんな疑問が泡のように浮かだ際に、調べてみたことがあった。
 イパネマにあるトラヴェッサというオシャレな書店。あやしまれないよう、こちらも立ち読みのフリをしながら、きょろきょろ目を動かし観察した。
 あんまりいないなあ、別に目立たないなあ、トイレへ行く人。三十分経過。
 そう思っていたところ、当の自分が駆け込んでしまったのである。これじゃあまりにしまりのない話だと恥じ、その時点できっぱり調査を打ち切った。
 腸の構造とかも違うだろうし、日本人ならではの生理現象なのかなあ。
 ぼんやり考えながら店を出て、イパネマを散策していた。そこはバロン・デ・トーレ街だったと思う、レストランなのに、奥の壁にけっこう大きな棚があり、古めかしい本を並べている、そんな店を見かけた。
 インテリアの一部なのだろう。が日本人としては、食卓のそばに本棚があったらなんだかムズムズして落ち着かない。
 日本人とブラジル人は国の位置関係のせいか、性格趣味行動が正反対のケースが少なくない。
 であれば、排泄の反対は……摂取か。ブラジル人は本を見るとムクムク食欲がわくのかもしれない。
 本棚を内装の一部に利用しているレストランはサンパウロ市にもある。
 ヴェリッシモといい、作家のルイス・フェルナンド・ヴェリッシモを顕彰して名付けられたものだ。
 ベラ・ヴィスタ区のホテル・ペルガモン内にある。そこは旧フィレンツェホテルを改装してできた「デザインホテル」の走りだ。
 ドアのノブからトイレの便器まで、デザイナーが凝りに凝った内装。一九九〇年代末に一世を風靡し、当時はトップモデルら著名人の宿泊で話題にもなった。
 だいたいこの手は流行の消費、あるいは消費の流行ともいうべき、一過性のブームで終わる。ここも例に漏れず、いまは閑散としている。
 ペルガモンの名は、ヘレニズム~ローマ期に繁栄したペルガモン王国(前263年―前133年)に由来する。芸術文化を保護したことで知られ、その図書館の規模はエジプト・アレクサンドリアに次ぎ、蔵書世界一を競ったそうだ。
 レストランの八十六の客席はたいていしんとしている。奥の壁に、ヴェリッシモのベストセラー本の表紙を引き伸ばした写真が展示してある。棚には、ほとんど見知らぬ作家の古本が数百冊。本当に、図書館にいる気になる。
 往時はフランス料理の有名シェフがメニューを考案した本格派のレストランであった。しかるに今日はもっぱら宿泊客のルームサービス向けに機能しているようなメニューである。
 サラダ、雑炊(カンジャ)、スパゲティ、簡単な肉魚料理、サンドイッチ。ワインも赤白各五、六本というところ。
 これでは料理のほうも期待できない。そんな予想はしかし見事に裏切られるはずだ。まず、盛り付けの美しさに感動する。デザイン尊重のホテルらしさが出ている。ステーキの肉質や焼き具合は平均以上の偏差値を誇るだろう。ゆで野菜、ピュレー、ごはんなどの付け合せは選択式である。
 スパゲティ(麺は三種)もイタリア人街ベラ・ヴィスタ区のその辺のイタリア料理レストランよりは、見た目も味も上だと思う。
 料理の値段は十~二十五レアル前後の範囲。
 デザインはさほど流行遅れの印象はない。食後、現代美術が飾られるホテルのロビーで新聞雑誌をめくってくつろいでもいいし、快適なバーの椅子で酒を楽しんでもいい。
 あまつさえ、静穏であることを考えれば、読書やちょっとした仕事に最高だ。わたしはここをひそかに「書斎」と呼んでいる。
 もうひとつ、仕事が未決の箱にたまると、まあそんなことはあまりないのだが、向かうのがレストラン、エリオットである。
 やはり、デザインホテルの先駆け、ノルマンディエ内で営業。「ブラジルの秋葉原」サンタ・イフェジェニアの電気街に隣接するのがウソのように静かだ。
 内装、家具のほとんどを白で統一しているのが特徴。料理はビュッフェ形式で先日のメニューはコステラのパイナップル風味、ゴルゴンゾーラチーズのスパゲティ、鶏肉のカレー煮込み、ピラフ、ムケッカ二種、これにサラダ各種。
 料金は破格の九・九九レアル。のりのきいたまっさらなテーブルクロスと布のナプキン。しかも食卓と椅子は最近まで流行の先端だったものだ。
 一人掛けにちょうどいい席もある。その机上だけを照らすライトの位置が絶妙で食事も仕事もはかどる。
 この原稿もそこで飯を食いつつ着想をメモった。〈食〉風景スケッチ十回目の話らしく九・九九レアルの食事で締めくくる。
      ◎
 ペルガモン=電話11・3120・2021/ノルマンディエ=電話11・228・5766。

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