グルメクラブ
10月17日(金)
いま、サンパウロの民族的多様性を最も実感できる街はどこか―。そんな風に聞かれたら、それはパリ区だろう、と答える。
韓国、ボリヴィア、シリア・レバノン……。とりわけ移民歴の比較的浅い人々の息吹を強く感じるからだ。韓国の親父さんが丹精こめて作る鯛焼きの甘い匂い、ボリヴィア協会の赤と黄色のド派手な外装、そして、ひっそりと販売されるハラル(halal)食品。
ハラルとはコーラン用語で「合法の」という意味で、ハラル食品はアラー(神)により食べることを許されたもの。看板のない肉屋をこの街で見つけたら、それはハラルの店だ。イスラムの作法に従って屠殺された肉を販売している。
「新鮮だよ。買って試してみて」
どうやらイスラム教徒でなくても購入可能のようで、「レストタウランテ・ド・リバノ」の主人モハマドさんが陽気に薦めてきた。店内奥に食肉のショーケースを設置しているのは実に珍しい。まじまじと眺めた。心なしか、その辺のものよりも生きがいいように見える。もっとも、ハラル肉の鮮度の良さは、生のミンチ(kibe)を食べる習慣があることからも分かる。
ここバロン・デ・ラダリオ街九〇七の真向かいは、イスラム教徒青年協会。近くに寺院もあるため、店ではお酒を出さない。代わりにアイラン(airan)がある。薄い塩味のヨーグルトとニンニクのカクテルだ。
胃袋にずっしりとくる酸味。匂いもちょっときつい。ただ、レモン汁や、クリーム・ドレッシングがかかった香菜サラダ、そらマメのコロッケ(falafel)といった料理との相性の良さは際立つ。一般にアラブ諸国で好まれる羊肉料理の臭みを消す作用もあろう。
しかし、アラブ世界に銘酒が決してないわけではない。レバノンはワインの故郷といわれ、産地としての歴史は古い。首都ベイルートは極上の赤ワインを生産することで定評がある。とりわけ、シャトー・ミュザールは世界の逸品のひとつに数えられている。
アランビック(蒸留器)でつくられた蒸留酒アラック(arak)も有名。グラッパのごとく原料はぶどう、アニスの香りが鼻孔を満たす。料理の薬味として頻用されるミント葉を浮かべて飲みたい。水を垂らすと白濁する特徴を持つ。
というような訳で、サンパウロのほとんどのアラブ食材屋にはワインやアラックが揃う。そしてその脇にたいてい並ぶのが、バラの水、オレンジ花の水である。ただし、直接飲んだりはしない。
お菓子に使う。アイスクリームやプリンの風味付けに力を発揮する。白コーヒーといえば、コーヒーの一種ではなくお湯にバラ水を加えたもの。ちなみにレバノン式のコーヒーは、挽いたマメを湯で煮出すスタイルが一般的だ。
モハマドさんのレストランでは会計のとき、和菓子の練りきりに砂糖をまぶしたような菓子(raha)を請求書と一緒に受け取った。近くの広場にある食材店でも同種の菓子が数多く見受けられた。ドライフルーツや木の実、ごまの類も目に付く。
いずれもデザートに欠かせない材料である。アラブ菓子の代表的存在バクラヴァ(baklawa)は薄い生地を何層にも重ねて焼き上げたものだが、味は中身のナッツや蜜の種類で微妙に異なる。刻まれたピスタチオが飾られている姿は目に美しい。
ほかにリコッタチーズを使ったお菓子(halewigeyo)などあるが共通するのは蜂蜜のねっとりとした甘さ。甘いものは人生を楽し、悲しみや悪から守ってくれる、そう信じているのがアラブの民である。
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アラブ地域伝統のデザートが二十種近く揃うのは「Productos importados do Libano」。どれも一レアルから二レアル程度と安いので気軽に味見できる。市立メルカードそばのRua com affonso kherlakiar 63にある。