ホーム | アーカイブ | サンパウロ お国自慢料理=ドイツ移民の温もり残る=酒場で夜を明かす

サンパウロ お国自慢料理=ドイツ移民の温もり残る=酒場で夜を明かす

グルメクラブ

1月23日(金)

 よその街区ではほとんど生えていないような背の高い杉の木を一本、また一本とみた。サンパウロ最古のドイツ風居酒屋である「Joan Sehn」(電話5051・9162)を出て、モエマからサント・アマーロ方面へ徒歩で向かう途のことだ。
 闇が次第に深まり、これで木組みの家屋でもあれば、ドイツの森―。などと思い巡らせて三十分、「Zur Alten Muhle」(電話5044・4669)の電光看板がみえてきた。
 エンブーで木材家具工場を営んでいたドイツ人移民ヴィルヘム・ヘイリングさんが始めた山小屋作り風の飲み屋である。
 木造の酒場、わけても、森の中のような闇にある酒場ほどドイツらしさを感じられるものはない。
 一九三七年の創業当時こそ、「Joan Sehn」も未舗装路に立ち、付近には電気も通っていなかったというから、そんな雰囲気にたたずんでいたのだろうが、いまや商業地区の真っ只中。
 「七〇年代の初めまでは、ポルトガル語よりもドイツ語の方をよく耳にした」と、店員が主張してみても昔話である。
 メニューに並ぶサラミ、ハム、チーズなど五十種を数える冷製前菜、ニンニクが効いたポテトサラダ、同店特製の陶器に注がれたビール泡はなかなか減らない―の三点に感心するも、それ以上、興をそそられる事柄はなかった、といって悪ければ、平均的なショッペリアだった。
 一九六四年にオーストリア人の創業者が逝き、イタリア人とポルトガル人がサービス他をそのまま踏襲したと聞いた。残念、ゲルマン魂までは受け継がなかったのだろう。
 そしてモエマは明るくなり、「ドイツの森」は消えた。
 いまもドイツ語の骨太な響きが店内にあふれ返るのは、「「Zur Alten Muhle」の方である。同胞の集会場を作りたかった、というだけのことはある。
 山小屋に灯るランプのような照明の下、男たちは生ビールを囲み討論する。煙草の煙が薄明に浮かび上る。麗しいモレーナを口説く男もいる。まるで、ファウスト的な夜。
 「強いビールに、辛口タバコ、それにめかした娘さん、それが僕の趣味なのさ」(ゲーテ「ファウスト」)
 一九九八年の「ヴェージャ」誌でサンパウロ一の生ビールに選ばれたそのショッピはしかし、「強い」とはいいがたい。ずっしりとした木材を基調とした内装とは対照的な軽味が特徴である。アンタルチカがこんなに爽快な喉越しを誇るとは。絶句した。
 この軽さが蒸留酒を招き寄せる。強い酒と好相性にあると思う。ドイツの蒸留酒といえば、五十六種の植物の根、皮などを混合した「jagermeister」、ジンの風味を持つ「suteinhager」が挙げられる。後者は国産もある。
 サンタカタリーナ州ポルト・ウニオンで製造される「WW」(ダブル・ダブル)で、ブラジリアにキューバのカストロが訪問した際、ルーラがこの酒でもてなし、ハバナ産の葉巻と一緒に味わったそうだ。
 ここでそろそろ料理を注文、といっても、ドイツではビールが「飲むパン」と見なされる。ゲーテは「食べる気がしない時にはビールを飲む」とのたまった。
 酒場では「ビールを飲む気がしない時」でない限り、「einsben」(豚骨付きすね肉の塩漬けのボイル)や「kassler」(豚骨付きロース肉の塩漬・燻製)などの料理は遠慮するのが粋ではないか。
 代わりに、「weiswurt」はどうだろう。仔牛肉に牛乳を混ぜて作るソーセージ。炒めずとろ火で茹でて食べる。「オクトーバーフェスト」(十月祭)に欠かせない一品とされる。
 外側をからりと揚げ、中身はしっとりレアの肉団子「bouleten」もビールの杯を進ませるが、ポテトサラダも悪くない。「蕎麦屋のカレーはうまい」と同じく、「ドイツ風居酒屋のポテトサラダ」にも外れは少ないようである。
 「beef tartar」が名物だ。生ひき肉を卵の黄身、タマネギ、酸味を効かせたキュウリ、パプリカ、オリーブ油、トウガラシ、黒マスタードで和えたその様は、どことなく「マグロのたたき」のように映る。
 店内がもし石造りであったら、そんな連想など沸いてこなかった、かもしれない。木造はやはり、日本人にもしっくりくる。
 「森の国」の民がブラジル移住を開始したのは一八二七年十二月十三日、ドン・ペドロ一世統治下の時勢である。初めに二百二十七人が入植、翌年さらに五百六十人が来伯。その際、九十四家族が現在のサント・アマーロに向かった。
 千八百三十七年の記録では、ジャガイモが栽培される唯一の地区だった。ドイツ・コロニアはジャガイモ畑が広がるサント・アマーロを基点に拡大、バタータはブラジル人一般の食卓にも上るようになる。
 そんな歴史を顧みつつ、ブルックリンの暗夜を再び出て、サント・アマーロに行路を取る。目的地は一九六七年創業のドイツ風木造酒場「Ilha・Bela」(電話5521・6339)。
 かつて軒を連ねたドイツ料理レストランはすでに姿を消し、ここもいまや二代目だが、ゲルマン魂健在の店である。
 都会の森の闇にひっそり明かりを灯す。辿り着いた時にほっとしたのは、今も残るドイツ移民の温もりのせいだろう。