グルメクラブ
3月5日(金)
カシャッサと鳥について考えた。南米最大の貧民街とされるロシニャ(リオ)の路地裏を訪ねたときのことである。
くねくね曲がる上り坂。足を休めた先のバールで客の男が「ハボ・デ・ガロ」、ぶっきらぼうにいい放つのを聞いた。雄鶏の尾っぽをくれ、という。
店員はただうなずくと、グラスにまずカシャッサを注ぎチンザノを加えた。カクテルの愛称だったかと合点したがその薄茶色に雄鶏の尾っぽを想像するなんて。大衆カクテルの名前にまで、ブラジル人と鳥の親愛な関係が読み取れた。
つづいて道端でペット用の小鳥店をみかけ、場所が貧民街だけに刮目したが他の動物に較べて小鳥は愛玩に要する経費が確かに安いなぁ、とひとりごちる。そして思った。カシャッサもまたいつでも懐を気にせず愛せるお酒であると。
カシャッサの意匠に鳥が多用されるのも案外その辺に理由があるのかもしれない。ミナス州の名産地サリナスでいえば「ベイジャ・フロール」(ハチドリ)「カナリーニャ」(カナリア=写真)。「アザ・ブランカ」(白い翼)なんて商標まで見当たる。
むかしカシャッサが〃男の酒〃と考えられていた時代には馬とかアルマジロを名乗った硬派なカシャッサに勢いがあった。それが知らぬ間にくだんのどことなくメルヘンチックな名前が流行となったきらいは否めない。無論、その結果、若者、女性の間にも多くの支持を生んだわけであるが。
しかるに鳥は鳥でも獰猛なワシをシンボルとするカシャッサも出回っており往年の愛好家たちはほっと胸をなでおろす。サリナスでは「アルチスタ」「セレタ」のロゴマークがともにワシである。
旬を突いたレポートで知られるグルメ雑誌「グーラ」が〈サリナス産カシャッサの逸品〉を特集したことがあった。俎上にあげられた十二本のなかに「カナリンニャ」「アルチスタ」「セレタ」の三本の姿もあった。しかして鳥のマークのカシャッサはいずれも旨しという証拠がここに十分に示されていた。
――今夜、あなたはハチドリでハミングしますか、ワシで羽ばたきますか、それともカナリアで……。いずれにしても飲みすぎれば千鳥足である。