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文芸

実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(6)

「分かった松さん、ありがとう。礼を言うよ。それじゃ、裏からコンセイソン通りを抜けて教会の裏手に出よう。あの辺は住宅地だし、ものの分かった人達が多いから、害を加えられることもなかろう。ふさ、大事な物だけ身につけな。沢山は持とうと思うな。おれはさと子と勝次を連れて行くから、お前はよし子を頼むぞ」  家の外には高く叫ぶ声、バタバタと走 ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(5)

 何しろ絶対多数のブラジル人に囲まれて住むのであり、ことに官憲の保護も十分に及ばないこの様な田舎町では不安を増すような噂が多かったのである。「ポポーッ」九時半を告げるハト時計が鳴った時だ。「大変だ。外人たちが大勢こっちへ向かってくる。もう広川さんの家をやって、今は平田さんの店を襲っている。その次はきっとここがやられる」様子を見て ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(4)

 夕暮れに一人、太陽を見つめる源吉の目に初めて涙が浮かんだ。希望に胸を膨らませて祖国を出た姿に比べ、惨めで汚れたこの姿。苦しくても誰にも救いを求められない。異郷の孤独が身にしみた。「母ちゃん」 ぽとりと涙は落ちると、乾いた土に吸い込まれて、たちまち消えた。     *         *  昭和十七年、源吉は四十才台になっていた ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(3)

 ところが相手はこれを松太郎への加勢と勘違いしたらしい、振り上げた鞭を今度は源吉に向けてきたのだ。はじめの数回はなんとかかわしていたもののバシッとまともに一発を食らうと対抗するしかなかった。軍隊時代に習った柔道の技が無意識に働いた。相手の利き腕をつかむと、ドウッと、一本背負いが見事に決まって、相手は地面に叩き付けれた。これが二、 ...

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ニッケイ俳壇(901)=富重久子 選

セザリオ・ランジェ  井上人栄
ときめきの心にも似て春を待つ
【「春を待つ」丁度この頃の季節である。高階から外を眺めると、墓場の森など枯れ色が目立ち侘しい景色が目に入る。林立するビルの中庭や前庭の草木も枯れ色が目立ち、人の出入りもまばらで冬の様相をなしている。
八月から春の季節で、「ときめきの心にも似て」とは、若々しい作者の心情の表れであって、この一句を瑞々しい佳句となしている】

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(2)

 昭和の初期、アララクアラ沿線のこのコーヒー農場には数十家族の日本移民がコロノ(農作業者)として入っており、新来の源吉夫婦もその一員だった。 やがて支度が整うとエンシャーダ{鍬}を肩に、昼の弁当と水がめをぶら下げて、二人は揃って家を出た。朝の光を受けて、急速にもやが薄れ、濃い緑の草に朝露がきらきらと輝いていた。「この草取りも今日 ...

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さらに充実『群星』第2巻=希望者に無料で配布中

高安さん、宮城さん、嶺井さん

 「ウチナーンチュの心」を次代に伝えるための日ポ両語の同人誌『群星(むりぶし)』第2巻が7月に発刊された。ブラジル沖縄県人移民研究塾(宮城あきら塾長)の刊行。塾有志が資金を出し合って1千部印刷され、同県人関係者の間で無料配布されている。 巻頭言で語られた刊行動機は、次のようなもの。戦前や戦後初期移民は言語や習慣が異なる生活の中で ...

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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(1)

 ブラジルの空は高く、青く澄んでいた。白地に赤も鮮やかに、日の丸の旗がはためいていた。 ピュ、ヒューン 澄んだ空気を切り裂いて弾丸が飛んだ。「正吉、勝次、伏せろ。窓から顔を出すじゃねえぞ」。源吉はあらためてウインチェスター連発銃を握りなおした。「やい腰抜け度も、一歩でも俺の屋敷内に踏み込んでみろ、この鉛弾をドテッ腹にぶち込んでや ...

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ニッケイ歌壇(518)=上妻博彦 選

サンパウロ  梅崎嘉明

ブラジルへ移民調査の細川氏わが陋屋(ろうおく)を訪ねてくれし
移住時を語れば胸のつまりくる我に周平氏はビデオを向ける
幅広く取材重ぬる細川氏われにまつわる記事載せくれし
吾が歌碑と共に撮りたるうつしえを手紙にそえて贈りたまいし
わが歌碑とふた分けし石ふるさとの河川工事の由来記と建つ

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ニッケイ俳壇(900)=星野瞳 選

アリアンサ  新津稚鴎

夕立の止みたる鰐の沼匂ふ
汝逝きてわが春愁のやり場なし
天の川潤みみかんの花匂ふ
春寒くわれを見つめて埴輪の眼
早春の深き緑のダムの水

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