あの時、気づいてさえいたら洞窟でのアンナの挑みを強く拒絶していたのだ。サンパウロの銀行支店長秘書と米軍航空将校……戦場……。それがどう一人であると誰もが結びつけることが出来よう。エリカを許してくれ! 私は心の中で許しを求めた。「お前が入れ。司令部へ行くのだと説明するんだ」 下士官が格子の自在鍵を外した。私は格子扉を潜って二人の ...
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ガウショ物語=(21)=雌馬狩り=<2>=「馬は三本足で歩き出す」
腕に自信のないやつでも少なくとも二組のボーラを携えていたが、大抵は三組用意していたし、五組も持っているやつもいた。一組は手に持ち、残りは腰にぶら下げていた。 これらのボーラはすべて小さい石を使っていて、実に旨くできていた。というのも、知っての通り、馬というのは牛に比べて骨がうんと細いからだ。それで、重いボーラが当ると、当り場所 ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=71
第四部 1「お前は、福田兵長と捕虜を副官室へ連れて来い」 その日の午後、庶務室に現れた科長が下仕官に命じた。 胸が踊った。あれから一カ月余り、毎日案じていたエリカたちと会える……。英語の教師という仕事を与えられた二人はどんなに喜ぶだろう。それは又、彼女たちが無事母国へ帰れることの保証でもある。「福田、出か ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=70
軍曹はまだ粟野中尉が連合軍に対して捕虜の件を通報していることを知らない。また、司令部が二人の捕虜をアメリカへの報復として処刑する考えがあるのを、粟野中尉が阻止するよう働きかけていることも知らない。だからエリカたちの生命はもう永くはないと予期している。 この論でいけば連合軍は、私をも生かしてはおかないだろう。中尉を信じながら下士 ...
続きを読む »ニッケイ俳壇(836)=星野瞳 選
アリアンサ 新津 稚鴎 白き月見上げ大うねり甘蔗畑マラジョウでニグラとカシンボ踊りもし白蘭の生命の限り匂ふなりこぼれ種子まで生え蕎麦の花盛り寄りそいて鶏頭二本枯れて行く 【正岡子規の写生俳句にたてこもった作者は御齢白寿に達しられた。益々元気だ。】 北海道・旭川市 両瀬 辰江 春の色巷に満 ...
続きを読む »ニッケイ歌壇(487)=上妻博彦 選
サンパウロ 武地 志津 それぞれに個性目を引く犬達の主(あるじ)と共に朝のウォーキング一心に女主人の後を従く桃色リボンの仔犬いじらし老齢の飼い主が押す手車に躾よき幼のごと乗る仔犬朝なさな園の小鳥に餌を運ぶ男寡黙にせっせと通う半切りのマモンが並ぶ台の上多くの小鳥はや来て啄む 「評」その内に犬が、主になる ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=69
私は中尉と話したかったが、機会がつかめずに焦っていた。通訳として私を転属させておきながら、司令部は二人の所在を匿している。 数日たったある朝の点呼のあと、私はぼんやりと広場を眺めていた。その時、粟野中尉がいつもになく急ぎ足で壕に入って来るのが見えた。庶務室には幸い私一人だった。チャンスだ。「お質ねしたいことがあります」 中尉は ...
続きを読む »「明け暮れの記」読後感=サンパウロ 小野寺郁子
包装紙より取り出すや、パッ、と目の覚めるような色彩あざやかな表紙、それがこのたび武地志津さんが上梓された著書『明け暮れの記』である。 320ページの手に重る本の内容は、随筆と短歌を主にした自分史、とも言える趣がある。29編の随筆は、一つ一つが丹念に彫られた人間像であって、読み進めれば明確に作者のイメージが浮かんでくる。 内親を ...
続きを読む »『蜂鳥』
句集『蜂鳥』323号が刊行された。 「蜂鳥集」より3句「停電の静寂なぐさむ軒風鈴」(須賀吐句志)「カーニバルリズムに乗れぬ半世紀」(池田玲子)「又一つ年をかさねて雑煮食ふ」(中馬淳一)、特別作品「アラポンガ」(秋末麗子)、旅吟「サンタカタリーナの旅」(大原サチ)、「あじさゐの道」(森川玲子)、エッセイ「この世の別れは潔く」(田 ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=68
一切、粟野中尉に委ねているのだから……。常識人である中尉は、二人の上司に捕虜の取り扱いについて淳々と道理を説いてくれているのだろう。戦争は終わった。軍隊はもう存在しない。階級性を盾に中尉を越権行為として罰することは出来ないはずだ。副官が狂気でない限りは。 私が日本の軍隊に対して不信を抱いたのは、その教育と階級性だった。内地の陸 ...
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