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文芸

パナマを越えて=本間剛夫=60

 下士官兵の面前で制裁を受けて以来、少尉は余り私たちと話したがらなくなっていた。私は彼の、その様子から連合軍は既に本土に進撃しているのではないかと推察した。 命令伝達が中々始まりそうにもないので、兵隊たちはそれぞれ壁を背にして座り込んだり、横になるものもいた。「兵長、うちの畠は全滅だよ。あいつら畠を狙って爆弾をめちゃくちゃに落と ...

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ガウショ物語=(16)=チーズを食わせろ!=<1>

 レッサ爺さんというのは、背が低くてずんぐりしていて、赤い髪に赤ら顔……それに、俊敏で経験を積んだ目――と、まあ、こういった人物だった。だが、体は小さいが逆に大きな心の持ち主だった。 それに分別もあった。人との約束を反古にするようなことはなかったし、伸びきった犬の皮みたいな長話をするでもない。口数少なく、口を開くと出てくる言葉は ...

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パナマを越えて=本間剛夫=59

 薬品の保善は、特に前線では私たち衛生兵の、看護に次ぐ重要な任務だ。見廻わすと事務室の定位置に薬品箱が見えず、勿論三浦軍曹の姿もない。私は奥に引きかえした。すると、例の少年兵のそばに軍曹は薬品箱を背に、劇毒物の小函をしっかりと胸に抱いているのが見えた。さすがに先任者だ。 外界では空からの爆撃に加えて艦胞射撃も始まっていた。遥か海 ...

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ニッケイ俳壇(834)=星野瞳 選

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児  マリタカの一群茘枝の畑に来る 若い者に足らぬおやつや畑日永 マンガ樹にマリタカの群今日も来し 西瓜切る九人の子供皆育ち 雨降らす木のある村に喜雨至る    北海道・旭川市       両瀬 辰江  温かや鍋焼うどん麺太し 雪の夜夢の中にて夫無口 日脚伸ぶ心ひろがる思ひして 雪の朝仕 ...

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ニッケイ歌壇(486)=上妻博彦 選

『ゴーレイロ』はゴールキーパーをポルトガル語で発音したもの(Daniel Augusto Jr. /Ag. Corinthians)

      サンパウロ       武地 志津 白鵬と真っ向勝負の照富士堂々の寄りに金星上げる逸ノ城、照富士との大熱戦沸きに沸きたり満員の客白鵬は己が記録に捉われて変化紛いで稀勢里下ろす一瞬を静もる満員会場の客ら失望の無言の抗議舞の海のつね明白な解説に耳傾けて心安まる   「評」毎場所の短歌による相撲解説、この様に三十一文字に詠 ...

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ガウショ物語=(15)=カルドーゾのマテ茶

「やれやれ、何てこった!……たかが目玉焼きにこんなに時間がかかるなんて! お前さん、そう思わないか?」 わしらが馬を降りたのは、ちょうど正午だった……それが、もう3時を過ぎてしまった!……。 わしが考えるに、ここの連中は、ひよっこが雌鳥になって、そいつが卵を産むのを待って、その卵を手に入れる。そこでようやく魔法が解けて目玉焼きが ...

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パナマを越えて=本間剛夫=58

        5 連合軍にとって、二年前のミッドウェイ海戦は勝敗の流れを変える重要な意味をもっていた。その勝利は神国日本の不敗という信念を砕き、連合軍に積極的戦略をとる勇気を与えた。第一、第二のソロモン海戦で戦果をあげてから急ピッチでギルバート、マーシャル、マリアナの諸群島を手中にし、硫黄島を一ヶ月の攻防戦の後に陥れた。 それ ...

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ガウショ物語=(14)=底なし沼のバラ=<6>=懐かしさとは痛みのない痛さ

 が、次の瞬間、ゴボゴボという音を残して、沸き立つ泥の中に消えてしまった! 考えてもみな、お前さん。目の前で、投げ縄の綱の半分くらいの距離だ、すぐそこでそんな事が起きているのに、だれも手を貸して助けてやることが出来なかった……。 みんなの口から出た言葉は、「おお、イエス様!」だけだった。 沼はあらゆる隙間から泡を噴きだしていた… ...

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パナマを越えて=本間剛夫=57

 雑嚢はくたくたにくたびれていたが防水のために全く水分を吸わず、マッチはすぐに焔をだした。辺りが僅かに明るくなり、垂れ下がる無数の木の根の編目の向こうに、いくぶん下り坂に傾斜して人間一人が這い入るには、さほど困難ではなさそうな孔が黒く口をあけているのが見えた。 しかし、その中にも細い毛根を生やした熔樹の根が鍾乳洞の石筍のように垂 ...

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ガウショ物語=(13)=底なし沼のバラ=<5>=「あの花は?」「娘のだ!」

 その時、旅慣れて、広い世間を見た来たことを自慢げに話す一人のガウショが、わしの上着の袖を引っぱって、耳元で囁いた。 「シッコンは娘を追い回していた。……やつは家にいなかったし、俺たちとも来ていない。娘もいない……。なあ、仲間、どう思うかね?……」 「フン!」わしはそれしか答えなかったが、男の言葉が耳の底にこびりついていた。 だ ...

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