「ずいぶん、のんびりした偵察だったなあ、今日は…」という声がした。私は、そののんびりさがくせものだと思った。アメリカの意図が匿されているのだ。最後の攻撃を加えるための予備行動と思われないことはないからだ。執拗な旋回で丹念に航空写真を撮っていることも考えられる。その間に逃亡中の兵と交信したかも知れない。 定刻より一時間近くも遅れ ...
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ニッケイ俳壇(831)=富重久子 選
アチバイア 東 抱水 どの町も教会が見え天高し【半世紀前移民してきた時、一番先に目に止まったのが教会の尖塔であって、これがこの国 のカトリック教会だなと納得した。教会は街々に一つでなく、幾つも見られたが、仏教徒の我々には珍しくハイカラに見えた。 この句は実に平坦で易しい俳句であるが、この句のとおり、都会 ...
続きを読む »ガウショ物語=(12)=底なし沼のバラ=<4>=馬ごと深みにはまり込む
沼に投げ出された娘は、たちまち、馬の脚に掻きまわされてぶくぶく泡立つ黒い泥沼に呑み込まれてしまった……。そして、その跡を標すみたいに、髪に挿されていた真赤なバラが浮かんでいた。 同じように拍車と鞭を当てられながら疾駆して来たシッコンの馬も、その勢いで、前の馬の一尋(ひろ)半ばかりのところに嵌(はま)り込んでしまった。体はすっぽ ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=55
粥にすれば一週間はもつ。その問題よりは、大本営がこの島を無視していなかったことが分っただけでも将兵たちを元気づけることにはなろう。 3 翌日、命令受領のあと、私は再び樹林の下に立った。蔓草のカーテンのどこにも、人がもぐり込める間隙はなかった。蔓は上から下がっている枝根にからんで這い上がり、天井に達して互いからみ ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=54
「兵長どの……」 私が黙ってしまったのに不審がった大島が、私を覗くようにした。私は二人をからかいたくなった。「そりゃ、シャンにきまってるさ。テキは航空将校だぜ。二十二、三かな。髪は明るい亜麻色で、瞳は珊瑚礁の、あの薄い水色だよ。鼻筋が通って、唇は適当にふくらんで、吸いつきたいほど、笑うとえくぼがぽっくり……というのかな。俺は十年 ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=53
その時、ふと、かすかな水の流れのような音を聞いた。それは日本の秋の草むらに鳴く鈴虫のようなチョロチョロという音であった。じっと耳をすました。どうやらそれは蔓のカーテンの奥から聞こえてくる。カーテンの前まで戻り、耳を押しつけるようにした。やはり水の音はその中の地底から湧いていた。私は再び横になり、耳を地面に当てた。音はまさに渓流 ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=52
あいつは二重国籍の西洋かぶれだから、兵隊にとられていい気味だ。土性骨を叩き直せばいい。そんな、陰口が叩かれているのを知っていた。そういう偏狭な日本の社会から脱け出したかった。日本人を憎んだ。私が日本人であるよりもブラジル人でありたいと考えるようになったのは、日本が、私に仕向け悪意の結果である。 どうしても二人を救わなければなら ...
続きを読む »ガウショ物語=(10)=底なし沼のバラ=<2>=類稀な美しい娘と粗野な大男
男は働き者で、何でもよく知っていた。家を建てるための場所選びから、ヤシの葉の屋根葺き、材木作り、柵囲い、耕作、どれも自分でやってのけた。梁の角材を削ることから、四分の一アルケールの小麦の種撒き、さらに、牛を去勢したり、荒馬を馴らしたりすることもできた。 マリア・アルチナ――男の娘だ――が十六歳になったころ、農園はまるで天国のよ ...
続きを読む »パナマを越えて=本間剛夫=51
それと、自殺を罪悪とする彼女らの宗教が最後の最後まで生き伸びる手段を選ばせているのだろう。 私は衛兵所の前に立っていつものように命令受領者であることを申告したあとで、前列の兵長に訊ねた。「きのうの米兵の容体は、どうでありますか」 兵長は筈えず、うしろの中尉をふり向いた。中尉はきのうのことで私を知っている筈だ。「分らん」 中尉は ...
続きを読む »『一粒の米もし死なずば』=レジストロ地方の百年描く
本紙がレジスト地方入植百周年を記念して2013年から14年にかけて127回連載した記事が、日本で『一粒の米もし死なずば』(無明舎、2014年、50レアル)として昨年11月に刊行され、ようやく当地にも届いた。 ブラジルといえば誰もが「コーヒー」と連想する世界最大のコーヒー豆生産国において、日本人が戦後〝紅茶の都〟レジストロを築 ...
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