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文芸

パナマを越えて=本間剛夫=12

 ミナミ氏がアメリカ人でありながら、日本の戦争に協力して、彼が愛し骨を埋めることになったブラジルへの貢献の報いもついに実現できなかった。その胸の痛みを知るのは、この地上で私だけだ。彼の一途な武士のように生きた生涯を思うと目頭が熱くなった。 第二次世界大戦でアメリカの日系二世が、アメリカを母国として遠征軍を組織し、ヨーロッパで勲功 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=11

 私は日本の学者たちの通訳で二カ月もアマゾン流域を歩き廻ったこと、その役目を私に名指したのが、母校エメボイ農大の英人教師だったことを思い出したが、アマゾンから水晶やダイヤが採れるとは知らなかった。「あまり良質とはいえないが、アマゾンは宝石の宝庫ですよ。それが、りっぱな兵器になる」 船長はいちいち私の意表を働いた。「しかし、それは ...

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ブラジル日系文学、48号

 『ブラジル日系文学』第48号が発行された。 特集「大湯環状列石随想」(高橋勇三)、寄稿「最近の歴史文学と歴史書ブーム 私的な三つの読書メモ」、文学紀行「紀伊半島信仰の地を巡って」(柴門明子)、小説、詩歌、随筆ほか。

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パナマを越えて=本間剛夫=10

 ボーイが入って来たので、立とうとすると、船長が「まあ、もうちょっと話しましょう。福田さんと話していると、私の郷里の訛があってたのしいんですよ」と云うので私も跳ね返すように云った。「船長さんは、栃木でしょう。私も、です」「それは奇遇だ。それにしても、このたびはご苦労さまです……。まあ、私の部屋へ、どうぞ」 船長が私の胴巻きのこと ...

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朝陰 12月号

 句集『朝蔭』12月号(第422号)が刊行された。 「雑詠 寿和選」から3句「コロニアの詩歌の故里木々芽吹く」(永田美知子)、「幼な児の瞳輝く聖樹の灯」(溝口かおる)、「俳諧の使節でありし年腹忌」(林よみ代)など。「各句会便り」ほか。

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パナマを越えて=本間剛夫=9

 そこで、コーチの長い話は終わった。 私は初めて、コーチが相当な教養ある男だと判断して、いつかゆっくり話し合いたいと考えた。 すると、コーチが続けた。「船長、日本では、船長は海軍将校ですね。それなら、日本軍部が何を考えているが、ご存じでしょう。宣告は明日かも知れませんよ」 私は呆気にとられた。 彼は日本の総ての船舶の長が海軍将校 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=8

「父は英国人にだまされてペルーに売られた奴隷だったんです。一八六三年、アメリカのリンカンの政策に習って、南米諸国も奴隷を開放したのはいいが、その代わりに日本人に眼をつけたんです。人身売買は英国人の得意とするところで、インドでもアフリカ諸国でも、彼らは大昔から平然と、それで儲けてきたんですよ」 コーチは、そこで話しを切り、「話は長 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=7

 翌朝早く甲板に出て体操をしていると、ボーイが、船長がお話ししたいと待っている、と迎えに来た。 船長室に入ると船長は「ベレンは二年ぶりでしたが、街並みは変わってませんね。海岸の草葺き屋根の家並みも同じでした。ところで、福田さん、あなたはコーチさんと余りお話しにならないようですね。コーチさん、ちょっと変った人ですからね。話しにくい ...

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パナマを越えて=本間剛夫=6

 夕暮れの灰色の風景の中でユーカリの梢が川風に揺れていた。多くの山脈に源を発するこの大河は、無数のせせらぎを集めて一本の流れとなって大西洋に注ぎ、南米第一のアマゾン川となる。 こんな広大な川を八千トンの日光丸が、なぜ、どこまで遡るのか。せいぜい100キロで支流の群れに奔ばれてしまう。幽かなエンジンの響きは低速だからだろう。進んで ...

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パナマを越えて=本間剛夫=5

 そのあと、ふと、部屋に漂う異臭に気づいた。かすかな硫黄の匂いが鼻を突いた。その時、パーサーが入って来て、二冊の旅券を船長に渡した。船長はそれを開いて丹念にページをめくった。「福田さん、これは日本とブラジルの旅券です。航海中に事件が起きたら、日本旅券を捨てて、ブラジルの方を身につけて下さいよ。敏捷に」 私は船長の言葉が呑み込めず ...

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