文芸
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=28
といってもブラジル人成功者の娘との縁も簡単なものではなかったはずで、簡単に親しくなれるのは日雇い人夫の娘であり、その虜になって結婚した青年も居たかも知れない。ブラジル人の娘のなかには実に魅力的な美し
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=27
次女の時代は、サンパウロ大学法科出の才媛であったが、勤めを止めて春子の花舗を手伝っていた。彼女いわく、 「日本の女は、饅頭ひとつ作れん、鶏は食べるのに絞めるのは怖いと、可哀想だとよ」と言い、鼻の頭と
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=26
松岡家は大家族で移住したらしく、兄弟のそれぞれが、独立して成功しているということが慣れるにしたがい分かり、出会うその成功者の誰もが土佐弁であり、土佐を全く知らない二世の息子や娘にいたるまで土佐弁で、
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=25
女傑と言われる松岡春子の自宅はアルト・ディ・ピニェイロス区にあった。夜になって連れて行かれたために、どの様な区内かは判断出来なかったが、一夜明けて門から出て眺めると静かな住宅街であり、一軒一軒瀟洒に
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=24
この道を多分、この辺りに住む人たちは常に往来して買い物などをしているのではあるまいか、パスポートなど必要なく。それを利用した密輸やテロなどが無ければ、全世界がこうありたいものと単純な私は思った。中東
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=23
もう一人の従弟は、その兄ほどには親の労働力のため犠牲にならなかったのか、高校へ進んだこともあって、一家が日本に引き上げ帰国した後も、 「六歳で親に連れられて移民して日本語も、字もろくに読み書き出来な
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=22
高田老夫婦、若夫婦、池田夫婦、山本夫婦とその親戚一同が、私の従兄妹同士の結婚に不安の意を示し、また紅熱病のためにこうなったと説明している知的障害の従妹のこともあって、私はモンテヴィデオに来て一月半月
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『蜂鳥』
句集『蜂鳥』320号が刊行された。 「蜂鳥集」より3句「お別れの握手する手の冷たさよ」(川上淳子)「朝のパンほんのり焦がし燕くる」(那須千草)「無骨なる無言の握手移住祭」(平間浩二)、特別作品「春の
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=21
花嫁移民とう言葉も知らず日本へ 娘は嫁ぎしと草原(パンパ)みる母 草原の虹を飛び越え日本へ 地球は狭いと娘は嫁ぎしとう 花嫁移民で来た母には、逆に花嫁移民で日本へ行ってしまった娘の勇気を、若
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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=20
抱いている児の他に、年子らしい子が四人テーブルにつき、コップに入れてもらうコカコーラが、「あの子が少し多い、あっ、入れすぎた、あっ、少ない」とキー、キュー叫んで、ふた親を困らせることが、一人娘で育っ