文芸
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (21)
*)一方、日本ではアガリクスが世に出るまでの来歴や薬効について、自身や自社の都合の良い勝手なフエークニュースが横行した。生来ブラジル人の多くは、栽培キノコ以外は有毒と見做し忌み嫌っていた。しかしブラジ
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (20)
*)1985年1月;橋本先生から古本へのメッセージが邦字紙に掲載された。(巻末参照) *)1986年;岩出研究所は日本癌学会や三重大学等の医薬研究機関にて高度な薬理効果が認証されるや、アガリクスとは異
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (19)
尚このアガリクスの人工栽培の成功には台湾系キノコ村の長老,呉換竜の協力も特筆に値する。呉は同時に先見の明でキクラゲ栽培試験に挑んでいた。呉のキノコ栽培への不屈な挑戦の気骨が偲ばれる古本との往復書簡を
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (18)
4)古本はキノコの同定に奔走し、ハイネマンより Agaricus blazei murrillとの同定を得た。 5)古本は1972年、アガリクスの人工栽培を世界で初めて成功させた。 6)これよりアガリ
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (17)
胎動期;1963〜71年 夏場栽培キノコの探索で、名も無いキノコと遭遇と同定。 *)1963年;古本が名もないキノコと遭遇。即ち、サンパウロ近郊の標高は約800mだが夏場の気温は30〜35℃に達し、
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (16)
衰退期;2006年以降 シメジ(ヒラタケ)の台頭によるマッシュルームの衰退。 *)2000年代初期;当時のマッシュルーム栽培者の多くは、1972年頃よりアガリクス栽培導入と共に両種を併行して栽培した
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (15)
この為藁の価格は逆に高騰を招き藁の代替原料を如何にするかは栽培者の最大の課題になった。当初は近隣の休閑地や山里に自生する雑草の性状や有効成分も解らず、先ず現物で試行錯誤を繰り返し効果を確認して実用の
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (14)
6−7)その後、約一ヶ月して移住者としての入国許可書が交付された。更に3〜4ヶ月後には台湾からの移住者が、アフリカのケープタウン経由のオランダ船でサントス港に着いた。 6−8)移住者は「キノコ村」が創
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (13)
隆盛期;1963〜2005年 台湾系移民誘致によるキノコ村創設と増産体制確立。 *)1963年;私は菌床材料の草刈り作業中、朽ち果てた倒木の根元の蟻の巣の周辺に自生したヒラタケの見事な群生に遭遇した
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キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (12)
当時は中央市場にキノコを持ち込んで売り捌くのは私だけで、取引は全て現金商売で焦げ付きはなかった。時折売上げのヨレヨレの薄汚い札束のシワを伸ばしながら数えていると、大男で恰幅の良いフイスカル(税官吏)