また、本屋もあり、正輝は長い時間を、そこですごした。本棚にはブラジルで出版された日本語の本、何か月ごとに日本からとどく本、それに古本も並んでいた。サンパウロに留まっているあいだ、正輝は売られている多くの書物に目を通した。そして、多くの書物が世に出されていることを知り、タバチンガのような世間から孤立したところに生きているため、読 ...
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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(75)
1926年、日本政府が沖縄人の移民枠を削減したとき、翁長助成はサンパウロ州の各地に散在する同郷の有力者によびかけ沖縄協会を結成し、その初代会長となった。会の目的は政府の移民枠削減をくつがえすことにあった。 夜中までつづく集会はリベルダーデ区のホテル東京館で行われた。ホテルの所有者は中村梁三郎という人物で、やはり沖縄人だった。 ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(74)
けれど行くとしたら、ある期間、農作業から離れなければならない。畑の野菜も棉も栽培もできないので、金も入らないことになる。その上、二人の往復切符、宿賃、外食の経費、いくらあっても足りない。どのぐらいの期間向こうにいなければならないのだろうか? 金は少ししかなかった。往復の切符も買えないといった具合である。事情を盛一に打ち明けた ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(73)
房子は体の小さい女だった。だからひ弱にみえた。はじめは流産しないように細心の注意をはらった。仕事のリズムもいくらか遅くなった。ブラジルに着いてからはじめて正輝は真剣に農作業に励んだ。作物に関する正確な時期をみきわめ、すべての作業に注意を払った。それから、いままで見せたことのない懸命さで家事も手伝った。 「生まれてくる子どもに ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(72)
「バチ カンジュー ドー(おまえのしたことはおまえの身にふりかかる)」 自分たちが子宝に恵まれないことを、神の罰がくだったなどといわせないためでもあったのだ。 房子が懐妊しないまま、一年、一年半、二年とときはどんどん過ぎていった。房子は、これはユタの智恵、経験では解決できない問題だと思うようなった。正輝はあまり医者に相談し ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (71)
ユタはそれぞれの問題について説教し、助言し、説明を与えてくれた。みた夢を判断したり、預言したり、先祖と話したりした。そして先祖が平穏であるか、それとも、子孫になにか望むことがあるかを訊ね、また、子孫がどのようにふるまうべきかの助言も受け、訪れた者たちに伝えた。そして、先のことを予言した。 房子が妊娠しないのでユタに相談すべき ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (70)
房子の移住は、出発まで時間がかかったが、その間に得た漢方医学の知識は結婚生活に大いに役立った。知識ばかりでなく、漢方医学の本質やその応用法がしるされた解説書をもってきていた。 二人がはじめての冬をむかえたとき、正輝は寒さによる体の痛みを訴えた。房子が沖縄で習得した教えによると、体のある場所に熱をあてると、痛みがおさまるという ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(69)
どの日本人の心のなかにもよりよい収入を得たいとう気持ちがあった。もっと魅力的な仕事のある土地の情報を求めていた。そんなとき、パウリスタ線とソロカバナ線に沿って、新しい作物の生産地があることをきき、安里はアルタ・ソロカバナ地方のパラグァス・パウリスタに家族みんなで移ることにした。 当時、棉のことを「白い黄金」とよんだが、それが ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (68)
叔父の樽は少し前、サンカルロスに移り、町のそばに農園を借りて、野菜を栽培し朝市で売っていた。家族が増えていた。 1921年から1923年、イガパラヴァにいたとき、長女のハツエと長男ヨシアキが生まれた。1925年タバチンガでヨシオが生まれた。沖縄人らしく顔が真っ黒で、丸顔がノルデスチノ(東北部地方の人)に似ているので、「バイア ...
続きを読む »連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(67)
房子は未亡人としての責任を負わないことに決めた。兄に意見を問うと、兄はそれを承認した。戸籍上結婚しているとはいえ、それはなんの意味もなかった。一日たりともいっしょに過ごしたことはない。だから、彼女と夫とを結びつける関係、日常生活、親近感はないといえる。幾三郎の位牌を守ろうとする寛大な気持ちがあったにせよ、それは位牌を守る人がだ ...
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