文芸

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(20)

     三月中旬の厳寒の中、素手で握り合った両手の仄かな暖かさが甦ってきた。  さらに新京市時代の歌人の一人が、初年兵は最低だよ。そんな時思い出したら気持が落ち着くよと、餞にくれた短歌が頭に浮んだ。   ひ

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(19)

     カンボーイは苦り切った顔で私たちを眺め、長屋の前のドイツ人捕虜たちのニヤニヤ笑いは、同情的な顔に変っていた。結局一台のトロッコも押せないで引揚げた。 (註)一九九二年の墓参行で当然ここにも立ち寄った

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(18)

     戦友を誘って墓穴掘りに出掛けた。ツルハシと鉄棒とスコップを担いで丘を登った。丘の上は薄赤色の地肌が一面にひろがっていた。埋葬され、埋め戻した土の盛り上がりが一列に並んで、荒涼とした風景である。  一

  • ピンドラーマ=7月号

     コジロー出版のブラジル情報誌「ピンドラーマ」7月号が出版された。  人気の「さんぱうろぐるめうをっちゃー」ではリベルダーデ区の「火鍋」店、新しく開店した中華料理店を紹介  また、好評連載中の「白洲太

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(17)

      一二、コルホーズ(集団農場)でジャガイモの収穫外  改善されない食料事情のために、地獄絵図の亡者のように痩せ衰えた捕虜を扱い兼ねたソ連側は、二〇人~三〇人の単位で軽作業につけることにした。コルホー

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(16)

     見回すと全員俯いている。軍の組織は解体しているはずだが、われわれの意識は、まだ階級秩序にしばられていた。上官の言葉は理不尽であっても、一切異をとなえないで死地に飛び込む習慣が残っていた。さらにソ連側

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(15)

     次は馬糧トウモロコシが何日続いただろうか。大人の親指の爪ほどにふくれた粒は、どんなに強く噛んでも噛みきれない強靭な外皮に包まれていた。二回だけであったが、外皮も胃袋へ送り込んだ。次の日外皮がそのまま

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(14)

      九、食事  初日に筆を戻す。  初日、死ぬ思いで宿舎に帰りつき、欲も得もなくジットリ湿っている床板に横たわった。一杯の水も一椀の飯さえない、雪を口に含んで乾きをおさえた。  前節で二日目から一〇日

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(13)

     身辺警護をされる要人待遇にたとえて、気分転換をしてみたが、現実の惨めさには勝てなかった。坂道を下り終ると、すぐ目の前に火力発電所の大きな建物があった。その右側を通った隊列は、発電所の裏へ導かれた。低

  • 自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(12)

     所長は数名のソ連軍下士官に命じて、捕虜の人員を数えさせた。ソ連軍下士官たちは各中隊の間に入り、 「アジン、ドヴァ、ツリー……」  と、声を出しながら数えてゆく、途中でやめて先頭に戻ると、初めから数え

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