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文芸

どこから来たの=大門千夏=(9)

 私達が住んでいるこの五軒長屋の住民で、払っているのは多分バリグ社に勤めている隣のご主人位だ。  しかしそれも微々たる額だろう。三軒目は外交員(と言えば聞こえがいいが、一軒づつ何か小物を売り歩いている人だ)四軒目はパン屋を持っていると聞いた。五軒目は会計事務所に勤めている。みんな小市民でギリギリの生活をしているのがよくわかる。着 ...

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どこから来たの=大門千夏=(8)

 しかし、今はそんな花の命を見ると心が痛む。生と死とを神経質にとらえるような年になったからだろうか。  それにしても、咲ききってしまった花に愛着を持つなんて…こんな事を感じる年になるまで、生きながらえた自分を、かつて想像したことがあるだろうか。  昔、昔の事。  ある日、夫は外出から帰ってくると「ほうら」と言って握りこぶしを差し ...

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どこから来たの=大門千夏=(7)

 もちろんあの結婚記念の絵は一番に積んだ。応接間の壁にかけた。濃い黄色の壁に金色の額。なんだかどこかの国のハーレムの写真にあったような応接間が出来上がった。  知性と教養、文化の香り高い趣味が、いまでは成金趣味のハデハデ応接間に変身した。  初めて手にした分相応なる不動産。不思議なことにここが自分たちの家だと思うと、今まで借家に ...

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どこから来たの=大門千夏=(6)

 ここから丘の上を見ると間違 いなくあの家だ。この丘の頂上に向かって一直線に雨でえぐられた、でこぼこの土道があり、息を切らして登る。登りきったところに家は一軒もなく緑もない。あるのは吹き上げる風と赤茶色の土ばかり。この五軒長屋が左手にある。色とりどりにペンキが塗られ、これが童話に出てくるような家だって? 魔法使いのおばあさんだっ ...

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どこから来たの=大門千夏=(5)

 私たちが住んでいる所はセ広場からタバチンゲーラ街を下って、最初の道を左に入るとシルベイラ・マルチンス通りがある。ここにある借家だった。何といっても私の好み、「町のど真ん中」にあるアパートである。セの広場に歩いて五分、リベルダーデに七分。最高に住みよい場所だ。古い建物だから天井は高く各部屋は大きくゆったりしている。私は大いに気に ...

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どこから来たの=大門千夏=(4)

 さっそく夫と大工は重い風呂おけを前後してもって、ヨタヨタしながら歩く。そのあとを六人の男の子たちが、手に手に草や花を持って神妙な顔をしてついて来る。帰れ帰れといっても誰一人帰るものはいない。近所の住人、店主も、お客も、道行く人々も足をとめ、総出でこの行進を眺めている。乾いた風が気持ち良い五月の夕暮れどき、皆の視線、注目を一斉に ...

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日系社会の同化現象、移民とは=『西風』第6号を刊行

 西風会は『西風』第6号(209頁)を10月に刊行した。毎月1回集まって議論する私的な研究会で、体験談や調査内容を半年に一度ほど出版している。  昨今の世界で顕著化する自分達の文化を優良だと考え、ときに他文化を排除する自民族中心主義(エスノセントリズム)に疑問を投げかける巻頭言から始まる本号。  故宮尾進さんの論文『次世代への提 ...

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どこから来たの=大門千夏=(3)

 この通りには左側に広島県人会、全国拓殖連盟の事務所があり、そのずっと向こうには東山銀行もあった。右側には散髪屋、事務用家具店、美容院、八百屋、木工所まであり、どれも家族経営の小さな商いで、事務用家具店と言っても事務机が六?七卓並べてあるだけで、若い男が終日うたた寝をしていた。  私達が入った借家は古いせいか、家の中の造作が大き ...

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どこから来たの=大門千夏=(2)

 一二〇×一七〇㎝の大きな額付きの絵を二人で両端を持ちあって、あのグローリア街の緩やかな坂道をエッサエッサと上り、時々前後、夫と入れ替わって背の低い私は肘を上げて道のコンクリートに額の石こうが触れないように持ち上げて大切に運ぶ。 「大きい事は良いことだァ…」と二人で歌いながら何度も何度も休憩しながら裁判所の横に出る。金色の額が真 ...

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どこから来たの=大門千夏=(1)

 第一章 大きい事は良いことだ  私たちの結婚式が済んで三ヵ月経った。荷物も片付き家の中も落ち着いた。一九六五年のある朝、コーヒーを飲みながら夫は「結婚記念に絵を買おう」と言った。 「賛成」。結婚の思い出には、食器より、花瓶より、小さな絨毯より、絵が最高! 一枚の絵を飾ろう。その日のうちに飾る場所は決まった。応接間に入った真正面 ...

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