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文芸

回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(11)

 苦しみや悲しみにうち沈んでいる内に時が経ち、翌1975年7月18、19、20日の3日間、朝に大霜が降り、コーヒーの木は全滅。この時はさすがに私でも希望を失い、元気もなくなってしまいました。  この頃のコーヒーの木は12年木となっており、毎年大成りが続いていたのです。また、買ったばかりの車の支払いも残っておりましたし、コーヒー園 ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(10)

 コーヒーの木が小さい時は間作といって、その間、色々な雑穀を植えるのです。米は中へ4通り、フェジョン、大豆、ミーリョ(とうもろこし)と色々な種を蒔きました。どこの家もポルコは太らせて売りますから、ミーリョが一番必要なものです。米の収穫などで、倉庫も建てました。  私の家は主にコーヒーの種類はムンドノーボ、ボルボン、スマトラという ...

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戦争と移民「沖縄ディアスポラ」=『日本文化』6巻、販売開始=なぜ強い影響力生まれたのか?

日本文化6巻

 サンパウロ青年図書館とニッケイ新聞は6日、『日本文化6~戦争と移民、沖縄ディアスポラ~』を刊行した。主題は「沖縄戦」だ。第2次大戦における日本では数少ない陸上戦を体験した沖縄。その評価は、戦争を指揮した本土側と戦場となった沖縄側で全く異なる。本書は両者の見解に、戦争体験を持つ県系移民らの視点を加えたコロニアならではの一冊。沖縄 ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(9)

 すると思いがけなく、そこの地主の国井さんという人が、こちらが払った分をそっくり持ってきて返して下さったことには、みんなが驚きました。こちらがやめたものだから、そのお金を返してもらえる等とは誰一人思っていなかったのです。ブラジルにもこんなに心の温かい人がいるものだと、有難く思いました。  こんな事で、1962年に自分の土地に入植 ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(7)

 私が嫁いだ所は郡が違う遠い場所でした。まだ今まで一度も見たことがないところで、そこは田も畠も高い所にありました。これまで会社勤めをしていた私には、段々畑を早足で歩いたり、坂を駆け上ったりする事はとてもキツいことでしたし、なかなか大変な仕事でした。しかし一生懸命頑張ったことは確かで、百姓生活にもだんだん慣れてきました。  満州か ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(6)

 また、これは引き揚げに関した事ではなく、在満中にいつも行っていた事です。  秋になり、雑穀物を収穫して家に運んできてから脱穀する時、キンタウ(裏庭)に平らに水をまき、凍らせてその上で脱穀するのです。地面に広く水を撒くと、何時間もしない内に凍ってしまいます。その上へ大豆でもとうもろこしでも高リャンでも粟でも、何でも広く丸く置きま ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(5)

 それからどれ位してからかは記憶に残っていませんが、そこにいる時、私は満人の豆腐屋で働きました。お金はいつも遅れがちでしたが、払ってくれていました。  いよいよチチハルへ南下が決まりました。  ところが、その家族(3人)が「南下せずにここでずっと働いてくれるなら(遅れている3カ月の)給料を支払うが、やめるならば払わない」と言うの ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(4)

 この時に幼児でも連れていて、その子がもし泣き出して満人の部落の犬が吠えたりして目を覚まさせたら、皆が殺されてしまうといって、小さい児を連れた母親はみんな「家に置き去りにしてきた」というから、可哀想なものです。そういう子供たちが満人に育てられ、後日、戦争孤児となって、日本に帰ってきた親や兄弟たちを探してもらったりしたそうです。 ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(3)

 夜寝る時も、軍服のようなものを着たまま寝ます。これは、いつ起きなければいけないか分からないからです。  話は変わりますが、日本人の兵隊さんが弱ってヒョロヒョロになり、傷ついた方も団へ入って来ました。興安嶺(こうあんれい)へ隠れて逃げてきたのでしょう。何日も食べず飲まずだったのだと思います。そして入ってくるなり、「ここは日本人の ...

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回想=渡満、終戦、そして引き揚げ=浜田米伊=(2)

 春になって一番に咲く花を、満語では迎春花(インチュウホワ)と言います。これが咲き始める少し前くらいには、昼間少し融け始めた屋根の雪が、夕方寒くなるとツララになってぶら下がります。しばらくこの時期があって、次第に暖かくなって種蒔きや植えものなどが始まるのです。  満州は物々交換の国ですから、とれた穀物を合作舎に出して衣類(防寒具 ...

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