会員のほとんどが家計を守る主人公なので、編集員に頼まれてもなかなか参加できず遅々と進まずなんとか2年後に発刊にこぎつけたのであった。 絆を一つにして Atados por um forte laco 山城千枝子 今日も早朝からいつもの月曜日のように家を出て一日中かけまわり、すっかり陽やけして ...
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ピンドラーマ=9月号
コジロー出版社のブラジル情報誌『ピンドラーマ』9月号が発刊された。 「各国移民レポート」は、政治で揺れるベネズエラから15年に移住してきた夫妻を取材。サンパウロ市でベネズエラ料理の屋台を出店し、ブラジル人からも好評。稼ぎの一部を母国の両親に送金しているという。 好評連載中の「ポルトガル語ワンポイントレッスン」「白洲太郎のカ ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(58)
一行は12日午前9時すぎ、県庁を表敬訪問した。知事が上京中のため、比嘉副知事が応対した。比嘉副知事は「ご両親から沖縄のことは聞いていると思うが、ブラジルと沖縄の関係は深い。ブラジルでは日系人の10%を県系人が占め、ブラジル社会で活躍していると聞いており、県民は誇りに思っている。あなたがたも頑張って下さい」と激励した。 収穫あげ ...
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訪日研修旅行については ①米国(ロサンゼルス・ハワイ)、日本、沖縄の観光 ②父母の故郷を知らす。その国々の良さを知り、視野を広める。 ③近親との交流 ④同世代との交流 ⑤青年隊移住者の努力(成果)を関係者が認識する。従って移住促進に寄与することにもつながる。 「=訪日団一行沖縄着=祖父母らと感激の対面ブラジルから二世33人来 ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり来寿を迎えて=山城 勇=(56)
以上250人の招待客と関係者並びに隊員と家族で1500人が参加し盛大な祝典は午後8時、賑やかな中に仲宗根正憲の閉会の辞で散会。 11 在伯沖縄青年協会 第一回子弟訪日研修旅行 青年隊にとって1971年には1人の代表派遣を催して母県及び親元の産業開発青年協会へ近況報告を行ってきたが、1975年7月には青年隊20周年記念祝賀祭に ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(55)
小さな組織である青年隊グループによる自主的なスポーツ・文化活動が沖縄県人会にも影響を与え、文化センターとの対立的雰囲気を融和し和らげていく上で、大きな示唆を与えた、と言っても決して過言ではない。 1975年6月の文化センター定期総会において、青年隊側からも是非執行部に入てもらいたいとの要望があり役員改選で山城勇が第3副理事長 ...
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カーザベルデ地区 瀬名波栄進 宮城真吉 古波蔵実(約200人) カンポ・リンポ地区 城間政吉(約80名) ペンヤ地区 喜納盛忠 久手堅勲(約30名) 日の出地区 花城康栄 喜納茂 伊野波盛雄(約60名) サン・カエターノ 喜納真次(約100名) サント・アンドレー 島田房良 糸洲三郎 与那覇朝昭(約50名) 以上、7地区の代表 ...
続きを読む »『ブラジル人のためのニッポンの裏技』=ドラマがちりばめられた日本語教本=楽しく学べてベストセラー
日本語教本は数多くあるが、『ブラジル人のためのニッポンの裏技』ほど日本の生活をよく捉えているものはない。イラストの親しみやすさや例文から溢れ出るユーモア、学校や保険、運転免許証取得の手続き方法まで載せている親切さを加味すれば、日本での生活を志すブラジル人に最適な一冊と言っても差し支えないだろう。 「ブラジルの酒と音楽をこよな ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(53)
席上、初めての運動会であり場所も不案内のため委員で各地区の同胞を宣伝勧誘すること。また各地域の青年会を勧誘して地区対抗競技をプログラムに採用し、広範囲のプログラムと観客を集めるよう工夫することが申し合わされた。 1973年5月1日午前9時からブラジル沖縄文化センター運動場において、ブラジルの地において沖縄県系人の初めての運動 ...
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(06)花笠節 山田春江 (07)爆笑劇・愛は探し 山田義秀外三名 (08)糸満アングワ 小橋川照子 山田春江 (09)民謡 若干名 (10)仲里節 山田義秀 山田春江 (11)港クリ節 新崎つる子 (12)舞踊(王将) 城間ミツ子 (13)戻りかご ...
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