当時の間切長宮里蒲助の名をもって蒲助浜と付したと歴史は伝えている。そこで蒲助浜(実質的には米須海岸)の砂丘に糸満から漁業者(ウミンチュー)数家族が呼ばれ移住し、浜小(ハマグワー)と云う集落が形成され誕生した。 この集落は、去った沖縄戦(1944~1945年)まで続いていたが大戦によって灰儘と化し、今ではその痕跡さえ見えなくな ...
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わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(5)
8月には(旧暦7月15日)盆踊りがあり、以前は青年たちにより夜半まで鉦や太鼓を打ち鳴らして部落中の家々を廻曲したものだが、近年は青年エイサー大会に遷化して、その騒擾さが改善されている。 9月の旧暦8月15日には毎年の年中行事ではないが、村芝居がよく開催される。部落の工事落成とか節目の祝賀行事を利用して伝統芸能を若者たちに継承 ...
続きを読む »ピンドラーマ 6月号
コジロー出版社のブラジル情報誌『ピンドラーマ』6月号が発刊された。ポルトガル語ワンポイントレッスンでは「em cima」と「acima」の違いについてなど、日ごろ使っていて気になるポイントを解説。 おおうらとも氏によるコラムでは1553年にブラジルに渡り布教活動をしたイエスズ会士アンシエッタのルーツに迫る。好評連載中の「ブラ ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(4)
それはどういう意味があって、そんなことになるのかは知らないが、とにかく御嶽(ウタキ)で木を切ったり、草を刈り出してはいけないと云うことを父母から聞かされた。 そのためか知らないが、この場所は木や草が生い茂っているのは事実である。小学校への通学路にはその近くを通るのだが、そこへ立入ることはほとんどない。 唯一先生に誘われて行 ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(3)
この狭少な農地で主な農産物と云えば、甘蔗(サトウキビ)と甘藷(サツマイモ)で他に大豆や野菜類がある。そのうち換金作物となるのが甘蔗と甘藷である。小さい島の小規模の農業だから、極く集約的農業で収穫量も微々たるものである。 最近では花卉の栽培が盛んになり、本土に花のない時期を目当てに出荷する対策が講じられているようである。 幼 ...
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それに米須貝塚の調査によれば、1800~2000年前の状況が伺えるとされている。 でも貝塚人がグスク時代の人々と同一だった かどうかは定かではない。出土品からして漁労活動が活発であったことは推定される、と『米須字誌』(1992年発刊 米須字誌編集委員会)に記述されている。 この貝塚は、1956年10月県指定史跡に指定されて ...
続きを読む »わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(1)
まえがき 数年前、宮城あきらさんから自分史編纂のお勧めがあった。ところが自分にはそんな才能もないし書く自信もないので無理な要求だと聞き流していた。その後しばらくして長男一也から、「パパイは他人のことはよく書いているみたいだが、自分たちの家庭事情は何一つも書いていない」、といった苦情じみた話を聞かされた。家族にそう言われると返 ...
続きを読む »マナー紹介と『日本小史』復刊=栗原さん日本を学ぶ本2冊発行
『Convivio Social – Cultura Japonesa – Regras Basicas para Boa Ralacoes』(栗原章子・菊池渡共著)と『Pequena HISTORIA DO JAPAO(日本小史)』(栗原章子・西澤紘子共著)の2冊が出版された。 『Convivio ...
続きを読む »『西風』=巻頭に宮尾進さん追悼集=あの中村八大との秘話も
西風会は『西風』第5号(207頁)を先月刊行した。毎月1回集まって議論をする私的な研究会で、体験談や調査内容を半年に一度ほど出版している。 5冊目の巻頭特集は、昨年10月30日に亡くなったサンパウロ人文科学研究所元所長で西風会の中心メンバーでもあった宮尾進さんの追悼集だ。60年以上に渡る宮尾さんと古庄雄二郎さんの親交について ...
続きを読む »□機密ファイル□深沢正雪『「勝ち組」異聞:ブラジル日系移民の戦後70年』を読み解く
【本の要旨】 「日本人」という民族を観察するのに、移民をその「試験台」に活用できるのではと常々思っている。 私の前任者・吉田尚則元編集長からは「移民は壮大な民族的実験だ」と聞かされてきたことも影響している。 「日本社会の一部をすくい出して、ヨーロッパ文明を基調とした文化を持つ『ブラジル』という培地に植え付けて、100年が ...
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