ブラジル日系文学会(武本憲二会長)は20日午後2時から4時半まで、サンパウロ市の文協内9階の日本移民史料館(Rua Sao Joaquim, 381)で、出版記念会を開催する。 刊行されるのは『日系移民第一号史及び―それに準ずる事ごと―』(日伯両語、安良田済著)、『はいかいどうじん』(俳句選集、ポ語、ベネヂタ・アゼベド著)、 ...
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皇室の歴史を子孫に伝えよう=『日本文化第5巻』販売開始=国体安定の秘密を紐解く
「皇室について子や孫に口で説明するのは難しい。だが大事なものだけに、しっかりと理解してほしいと常々思っている。良い本はないか」――そんな読者からの声を受け止め、サンパウロ青年図書館とニッケイ新聞は『日本文化(Cultura Japonesa)』の第5巻を刊行した。日本移民110周年を翌年に控え、皇室のどなたかが御来伯される期待 ...
続きを読む »ピンドラーマ 5月号
コジロー出版社のブラジル情報誌『ピンドラーマ』5月号が発刊された。冒頭には、米国で格闘家として活躍する町田リョートの父、空手家の町田嘉三(よしぞう)のインタビューも。好評連載中の「白洲太郎のカメロー万歳」、「ブラジル面白ニュース」、「クラッキ列伝」ほか恒例のグルメ、イベント、求人情報を掲載。 日系書店、日本食店などで配布中。 ...
続きを読む »サンパウロ市の生活を写真とデータ=JETROが電子書籍発行
JETRO(日本貿易振興機構)が2月、ブラジル進出に興味がある企業向けにサンパウロ市の生活様式を紹介した電子雑誌「サンパウロスタイル」を発行した。JETROサイト上(www.jetro.go.jp)で無料公開している。全57ページ。 カラフルな図表や、きれいな写真を多く使って、サンパウロ市の基本情報、在住者の「住」「暮らし」 ...
続きを読む »『ブラジル日系文学』 55号刊行
『ブラジル日系文学』第55号(発行者=武本憲二、編集者=中田みちよ)が3月に発行された。 第34回武本文学賞で小説、随筆、翻訳、短歌、川柳、詩といった部門の入賞作品が掲載されている。 また特別寄稿「三島由紀夫『アポロの杯』におけるリオ、サンパウロ」(杉山欣也)、サンパウロ人文科学研究所の元所長、故宮尾進さんの素顔を日系文学 ...
続きを読む »自分史 戦争と移民=高良忠清=(18)
ここでの仕事は朝七時から夜の十時、十一時ぐらいまでが当たり前だった。昭和三十五年(一九六〇年)に結婚し、妻も一緒に兄夫婦の御世話になりながら一男,一女が生まれた。 妻は一世だが、二歳でブラジルに来たので二世同様、日伯両語を話せるので、彼女にはずいぶんポルトガル語を教えてもらった。兄の工場ではみんな沖縄語を話していたが、私はな ...
続きを読む »自分史 戦争と移民=高良忠清=(17)
私達の渡伯はチョッと早すぎたので、渡航費は自費負担となったわけだ。洗濯屋は私もブラジルに移住することになったので、やめることにしたと社長に伝えた。意外にも社長は、私が配達を始めてから車の経費も非常に軽くなり喜んでいたそうで、最後の月給に足して励ましの言葉と餞別までくれた。 洗濯屋の仕事は辞めたけど、まだブラジルに行く日もまだ ...
続きを読む »自分史 戦争と移民=高良忠清=(16)
軍の講習をうけて、桟橋内で働く免許書を取り、船の荷物を上げ下ろしする仕事をすることになった。一生懸命働いて三千円の月給を貰い、全部母に渡した。それを頼りにしていた母はいつも喜んでくれた。 あの頃、若者達の憧れは運転手だった。アメリカ軍の基地の中で、たくさんの仕事があって給料もよかったからだ。 昭和二十七年(一九五二年)に定 ...
続きを読む »自分史 戦争と移民=高良忠清=(15)
少年時代の最後の闘い 学校の行き返りはいつも一緒だった、私の同級生たち、高良政雄、上原幸一、上原正次郎は、皆近所に住む友達同士だった。 政雄君は他人に命令するのが好きな気性で、私は他人から何か命令されるのが大嫌いな性分だったから、二人の間では口喧嘩が絶えなかった。口喧嘩しながらも、友達であることにかわりはなかったが、中学三年 ...
続きを読む »自分史 戦争と移民=高良忠清=(14)
お国のために潔く死んで来いと教育されながらも、いざとなれば弱いものを犠牲にしてでも生き永らえたく思う者もあった。それが戦場の悲劇だ。 それにしても、物資に乏しい日本はあの悲惨な戦争を勇気だけで戦った。犠牲になった人達にはほんとうに気の毒ではあるが、日本が負けてよかったと私は思う。 井の中の蛙、大海を知らず、と言うことわざが ...
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