ホーム | 文芸 (ページ 99)

文芸

道のない道=村上尚子=(7)

 わき道にそれるが、とうもろこしでの思い出がある。  その時から二年過ぎた頃である。弟は独学でスペイン語が何とか解りはじめていた。なので、こんな人里はなれた所にも、細々とした情報は入ってきていた。どうも隣の四キロ先にある所に、人殺しが住んでいるという。パラグアイ人の男で、今警察に追われ、そこへ逃げ込んでいるとのこと。  当時のパ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(6)

 あの愕きと恐ろしさは忘れられない。犬と全く違うのはいいとして、あんなものが私の体の中に入るはずがない。恐怖と緊張に目をつぶった。その時である。深刻な茂夫の声がした。 「おかしいなあ……ここだと思うけんど……」  その声で、やはり彼もそちらの知識は無いらしいことが分かった。そうとうな時間が経って無事、初夜は終わった。  その日を ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(5)

 ところで、この地区には監督という者がいる。月に一度くらい馬に乗って、仕事の進み具合を見にくる。やかましい小言は何も言わずに、十五分もいたら帰って行く。  父に期待する者はいない。だれも口にこそ出さないが、この家の中が平穏であることだけを願っていた。  そんな父が珍しく、せかせかと庭の土をいじっている。見ると、日本にあったと同じ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(4)

 その頃、茂夫とは、軽く付き合ってはいた。けれども、結婚など考えてもいなかった。当時の多くの者は、父親の意見には、従わなければならなかった。私の父であれば、絶対服従である。それでも強く抵抗した。 「いやばい(いやです)」懸命に言い続けた。父に言い含められている母は、深刻になり、私を説得した。 「お父さんが、どうしてもち言うき、言 ...

続きを読む »

ニッケイ俳壇(907)=富重久子 選

サンパウロ  広田ユキ

からからと音して浅蜊計らるる

【時々魚屋に浅蜊があると買ってくるが、若い魚屋さんは篭に浅蜊を掬って秤の入れ物に威勢よくこぼし入れ、この俳句のように「からから」といい音を立てる。
一読平坦な俳句でありながら、その場の魚屋さんの様子が眼に見えるようで楽しい一句である】

続きを読む »

ニッケイ歌壇(521)=上妻博彦 選

サンパウロ  梅崎嘉明

基地移転くり返し政府に訴える翁長知事の執念は良し
基地のため繰り返さるる暴行に県民の怒り思いやるべし
よそくにに寄与融資の金なれば沖縄基地の移転につくせ
だめ押しの政治をさけて県民の意を汲み平和な国つくるべし
裁判は県民を窮地におとしめる判決なすな博愛を知れ

続きを読む »

ニッケイ俳壇(906)=星野瞳 

アリアンサ  新津稚鴎

沈み行く月に妻恋鹿の鳴く
横書きの文親しめず秋灯下
生え広がり咲き広がりて秋桜
引力に耐えて暮れゆくパイナかな
除夜告げて我家に古りし鳩時計
咳激げし枕を掴み起き直り

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(3)

 公園は少し歩いたところだった。そして公園にある建物の陰に私を連れて行った。男は、静かに私を抱き寄せて、接吻した。生まれて始めての接吻は、気持ちが悪い。そのうち、抱きしめた片方の手を、私の胸に差し入れてきた。いつまでも接吻をしたまま、私の乳をもみ始めたのだ。 「男は、こんなことをするの?」  と驚きながらも、逃げなければいけない ...

続きを読む »

ニッケイ俳壇(905)=富重久子 選

サンカルロス  富岡絹子

顔洗ふ猫の朝(あした)や春隣

【猫を飼っていると、よくこの句のような猫の朝の仕種を見るが、縁側や出窓の日当たりのよいところで、丹念に顔を何回も前足で拭いながら気持ちよさそうにしている。 季語の「春隣」は、「春近し」と同じでもうすぐそこまで春が近づいている様子であって、春を待つ〝冬の季語〟である】

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(2)

     虐  待  その手をついている父が、母へどのようなことをしてきたのか、話すには勇気がいる…… 日本でのことである。 「ひいーッ!」  いつものように、母の悲鳴にハッ!とすると、父が野球のバットを握り、彼女を追いかけてくる。口元をゆがめ、今にも取って食いそうな目である。母は隣の、親戚の家へ飛びこんだ。 「どこに隠れても、 ...

続きを読む »