いつだったかバンコックの街で、切った街路樹の枝を、象が軽々と鼻で束ねてくるくると巻きあげ、上手に背中に乗せ、次々と積みあげている光景を見たことがある。瞬くうちに積み終えると何処かにゆったりのっそりと遠のいていった。 あの象一頭の方がずっと早く正確で、木と機械より、木と象のほうが人間の生活にぴったり調和しているのを見て、なぜか ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏
どこから来たの=大門千夏=(12)
すごいケチなんだ! もう絶対頼まないぞ。でも笑顔だけは作って挨拶し、家に帰った。 一時間くらいして台所で夕食の支度をしていると、おや雨だろうか、外からさわさわと音がしてきた。…その内、ざわざわの音に変った。窓から首を出してみると塀の向こうで男が前かがみになって何かを引っ張って歩いているようだ。何をしているんだろう? しばら ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(11)
老婦人と別れて歩き出した私は、沈んだ一人息子の話をサバサバと語ってくれた事がとても心に引っかかった。 息子に死なれて、あれから何年たっているのだろうか。一〇年たって子供をもらったという。その子が今、三〇歳になった。それでは四〇年経つのだろうか。 一人息子を亡くしたことは、夫を亡くした私よりずっとずっと悲しみが大きかったに違 ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(10)
相変わらず馬鹿正直でうんざりすることは度々あったが結婚生活は平穏に続いた。 いくら金儲けが上手でもケチでお金に汚い男ではどうにもならない。これでいいんだ。私の分相応な夫なのだと自分を慰め慰めてのあっという間の二五年、幸いなるかな最後まで「保険」を受け取るチャンスはなかった。(二〇〇九年) サバサバと話せる日 サンジョアキン ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(9)
私達が住んでいるこの五軒長屋の住民で、払っているのは多分バリグ社に勤めている隣のご主人位だ。 しかしそれも微々たる額だろう。三軒目は外交員(と言えば聞こえがいいが、一軒づつ何か小物を売り歩いている人だ)四軒目はパン屋を持っていると聞いた。五軒目は会計事務所に勤めている。みんな小市民でギリギリの生活をしているのがよくわかる。着 ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(8)
しかし、今はそんな花の命を見ると心が痛む。生と死とを神経質にとらえるような年になったからだろうか。 それにしても、咲ききってしまった花に愛着を持つなんて…こんな事を感じる年になるまで、生きながらえた自分を、かつて想像したことがあるだろうか。 昔、昔の事。 ある日、夫は外出から帰ってくると「ほうら」と言って握りこぶしを差し ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(7)
もちろんあの結婚記念の絵は一番に積んだ。応接間の壁にかけた。濃い黄色の壁に金色の額。なんだかどこかの国のハーレムの写真にあったような応接間が出来上がった。 知性と教養、文化の香り高い趣味が、いまでは成金趣味のハデハデ応接間に変身した。 初めて手にした分相応なる不動産。不思議なことにここが自分たちの家だと思うと、今まで借家に ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(6)
ここから丘の上を見ると間違 いなくあの家だ。この丘の頂上に向かって一直線に雨でえぐられた、でこぼこの土道があり、息を切らして登る。登りきったところに家は一軒もなく緑もない。あるのは吹き上げる風と赤茶色の土ばかり。この五軒長屋が左手にある。色とりどりにペンキが塗られ、これが童話に出てくるような家だって? 魔法使いのおばあさんだっ ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(5)
私たちが住んでいる所はセ広場からタバチンゲーラ街を下って、最初の道を左に入るとシルベイラ・マルチンス通りがある。ここにある借家だった。何といっても私の好み、「町のど真ん中」にあるアパートである。セの広場に歩いて五分、リベルダーデに七分。最高に住みよい場所だ。古い建物だから天井は高く各部屋は大きくゆったりしている。私は大いに気に ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(4)
さっそく夫と大工は重い風呂おけを前後してもって、ヨタヨタしながら歩く。そのあとを六人の男の子たちが、手に手に草や花を持って神妙な顔をしてついて来る。帰れ帰れといっても誰一人帰るものはいない。近所の住人、店主も、お客も、道行く人々も足をとめ、総出でこの行進を眺めている。乾いた風が気持ち良い五月の夕暮れどき、皆の視線、注目を一斉に ...
続きを読む »