「あらっ! んまあ、あなた」母はびっくりして、次の言葉が出ない。 「良い奴だった。一緒に酒を飲んだ」ニコニコしてうれしそうに話す父。 「えっ、病院でお酒を飲んだのですか」 「あさって退院すると言うておった。ああ、その前に、お前に話があるから来てくれと言った。話がすんだらすぐに退院手続きをするように」 父は手短に話すと、又い ...
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どこから来たの=大門千夏=(31)
それもそのはず、この男が「やくざ」だという事が間もなくわかったのだ。前にもこの手で入院してきた同じ男だと看護婦がそっと教えてくれた。二人のチンピラが、常に部屋の出入り口を見張っているそうだ。 警察にも相談したが、「どこも痛くも悪くもないのに、いつまでも病院で寝泊まりして相手を困らせて、お金をゆすり盗るんです。外車に乗っておら ...
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彼らは休憩気分で寄り、お茶を飲んだり時には父のふるまうビールを飲んだり、無駄話を一時して父に何かを売りつけると帰ってゆく。文房具、台所用品、カミソリ、靴ベラ、時にはおもちゃ、裁縫用具など、こまごました役に立つような立たないような品物ばかり。 鉛筆は木が固すぎてうまく削れない、ナイフもカミソリも数回使っただけで刃がダメになった ...
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バールの主人は毎回食べ物をあげるだけで追い立てるようなことはしない。心ひろい人なのだ。 そのうちマットをくれる人が現れた。待てば海路の日和かな。じっとしているだけで必要なものがなんでも集まるではないか「乞食を三日したら止められない」というが、この国だと「乞食を一日したらやめられない」次の日は大きな安楽椅子に座っていた。ふかふ ...
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この家の母親が園長先生で、大学を出たばかりの大層美しい娘が手伝っていた。ご主人は影が薄くて時折見かけるくらいだった。そしておばあちゃんもいた。もうとっくに八〇歳を超えていて、家の前のベランダで、小さな体を、籐椅子の中に埋まるようにして日向ぼっこをしながら、ひがな居眠りをしていた。 ちょうどあの日は冬休みに入った数日後だった。 ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(27)
これを左手の平に置くと、その端を右手でつまみ、スルスルーッと引っ張った。ペーパーはくるくると左手の中で回って、右手は頭より高くまで上がった。まるで運動会の旗手のようだ。大分の長さになると丁寧に根元をちぎって、残りのトイレット・ペーパーは、またきちんとカバンの中に収められた。 彼はその切った紙を正確に八つに折って、持って立ち上 ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(26)
その時、あれ! 懐炉が二つになった! お腹の上に張り付いたようにもう一つ並んだ。よほど寒気がしているんだわ、二つもつけて。お気の毒に。長居してごめんなさいね。 家に帰ってしばらくして気が付いた。 あれはおっぱいだった! 懐炉じゃあなかった。「垂乳ね」だったのだ。それにしても若い時の胸はさぞやさぞや。 5 靴 近所には外国人 ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(25)
それからというもの、度々広島県人会に顔を出しておしゃべりした。いかにも善良そうな笑顔の良いおじさんでコロニアの昔話が得意で、なんでもご存じだった。 あるとき、五コント札を小さくしたいけど、どうしたらよいか聞いた。 「すぐ近くのあの角のバールに行ったら、カイシャ(出納係)と書いたところがある。そこでトロッカ!(両替して)と言っ ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(24)
胸がドキドキ。 遠巻きにそっと鍋から離れると、あとは、後ろも見ないで洗面所に駆け込んだ。気持ち悪く吐き気までする。あのしわしわの手がおっかけてくるようで、しっかりと鍵をかけて鍋を触った手をごしごし洗った。 ブラジルの人はこんな恐ろしいものを平気で食べるのかしら。 あの日あんなに奇声を上げたのに一〇年後には私が鶏の足を煮て ...
続きを読む »どこから来たの=大門千夏=(23)
「あんた達はみんなうちのお客さんよ。ちゃんと払ったんだもの、すごい事だね」と言うと、頬を緩め穏やかな目をして「チアありがとう」とお礼まで言ってくれた。 どこにでもいるごく普通の男の子達なのだ。思わず昔、祖母が「良い子だねえ」と言ってしてくれたように頭を撫でてあげたい衝動にかられた。 何かの理由で家を飛び出してきた子供達。きっ ...
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