林田は何か猪瀬に耳打ちをしていた。猪瀬の目が眼鏡ごしにきらり光った。職業柄、この連中は鹿を追う漁師に似ている。「見せてくれ」というのである。宴の乱れた会場を抜け出した一行は、小楠の農場に向った。 納屋の一隅には、売れ残った二百キロのアーリョが茎をしばって吊るしてあった。技師はその中の一束をとって首を落とし、尻ひげを切り、薄皮を ...
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アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(8)
鹿さんはマキを補充しながら、「おいおい、先ほどのアーリョの話はどうなった」「ああ、あのかぜ薬か」大貫は無造作に言った。 牛はもう手放しにしてしまったし、用のないアーリョだから、「食べたらいい」と小楠の奥さんに差出した。それを使わずに小楠が植えたのである。その一キロのアーリョは、幅70センチ、長さ3メートルの畝に蒔いた。その年に ...
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牛にはそれぞれ、日本名ブラジル名を太郎、花子、テレザ、タチアナ、というように命名していた。太郎は日ごろボテコまで800メートルの道程を、出荷用の乳缶を載せて運ぶのに訓練していたので、カロッサは嫌がらずにつけさせていた。 でも、この日の太郎はちがっていた。 山道に入って二キロも歩かないうちに座りこんでしまった。いくら鞭でたたいて ...
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だが季節外れの降霜のため、せっかく生育のよい小麦も、毎年穂孕期に被害を蒙り、入植者は断念してミーリョを植えたり、近くのパルプ工場に働きに行ったりして、土地を手離す者が増えていた。 小楠の隣耕地も、ジャポネースで、いい買い手があれば世話をしてくれとたのまれていたのである。「俺が話をつけてやる。牛を連れてはいって見ろ、そのうちに土 ...
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それがカロッサに積む時、毎朝乳缶の蓋をとってみると、どの缶も必ずといってよいほど乳が盗まれている。乳はひと晩置くうちに。上面に黄色い膜を張るものである。その乳の固まりを集めて煮つめると手製のマンテーガができる。それが盗まれるのだ。どうせその分は出荷しないものの、乳も二、三リットルは減っているようだ。毎日ともなれば、小さなコソド ...
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地元の牧場主たちは、牛を自由に放しておけば、一日中、足首を湿地に踏み込んでいると、足の爪際から病気に犯されるので、この土地は放ってあるのだそうだが、朝夕一時間ずつの放牧なら、何の支障もないはずである。また、家畜にとっては、朝夕のこの時間が満腹させるためには必要であることは、美幌高校の畜産科を経てきた者にとっては、常識であった。 ...
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単身青年のこの二人を呼び寄せてくれた石川庄衛は、この湖に面した土地の一部を借地して、種子栽培の農場を経営していた。この砂丘は、カマボコ状のゆるやかな丘になって海岸線と画しているが、反対側のつまり湖に面する斜面は、割り方地力があり、緑の雑草が繁茂している。石川はこの土地を八十アルケール借地して、タマネギとか、カボチャの種子作りを ...
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今年になってこの地方は、アーリョの旋風が起こっている。それは、新品種として発見されてアーリョ・ショウナンが本年度始めて出荷してみて、サンパウロ中央市場で認められ、色艶といわず、身のしまり工合といわず好評を得、売れ行きは上々で高値をよび、その上、農務長官の認可も得て登録されたからである。 あまりの人気に食指を動かされた鹿さんも、 ...
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