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私のシベリア抑留記=谷口 範之

自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(43)

 終戦後連行された捕虜たちは、右の適性検査をされないで、一様に重労働にこき使われた。その上食料はまるで足りなかった。二五四連隊が放りこまれた三収容所では、終戦からその年の末までの約一三〇日間の兵の食料事情は、九五%も不足していた。その上シラミが大発生し、それにつれて発疹チブスが流行した。弱り目に祟たり目といってよいか分からないが ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(42)

 (註=一九九二年五月末、この丘の大穴の埋葬地に墓参した時、あの松群を真っ先に探した。あった! あの時より成長していて、倍以上の高さになっていた。  思わずそのことを言うと、五〇年近い年月が過ぎているんだよ。うんと伸びているはずだから違うな」と反論した人がいた。私が四七年前に見た松だと確信したのは、出発前に読んだ新聞記事を覚えて ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(41)

 有田は台に残されたパンを私達に渡し、例のパンを適当に五つに分けて配った。つまりパン一個を横領したのである。将校がやった横領は、そのために多くの兵を餓死させた。今、下士官が見せた横領は、将校のやったことと比べれば、罪に入らないほど僅かな横領である。私はそのように都合の良い理屈をつけて、良心を誤魔化していた。同時に一般の兵の哀れさ ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(40)=谷口 範之

 下士官連中は、丸太壁の周囲三方の上方に板を棚状に造作して寝床にしていた。一般兵は床板にごろ寝であった。比嘉伍長は 「あの谷口だよ」  と、簡単に紹介しただけでその日から私は彼らの仲間になった。だれ一人いやな顔をしないで、寝床を空けてくれた。私は雑のうと毛布一枚を持って、壁の上側の住人となった。   病院閉鎖でラーゲリに戻った回 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(39)=谷口 範之

 食事を終え、いつものように病室を覗いて患者の様子を眺めた。舞台上の下士官連中が、一斉に私を見て手招きしている。傍に行くと、 「さっきはよくやってくれた。将校の食缶の件も聞いているぞ」  古参の下士官が声をかけてきた。食事当番の二人を殴ったことは、丸太壁を通して筒抜けに聞かれていた。将校の食缶事件は病院の内部にまで噂がひろまって ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(38)=谷口 範之

  九、病院勤務(二)  患者用の半粥の中に二度だけ、極く少量の牛の内臓のコマ細切れが混じっていたことがあった。看護人は患者に粥だけを配り、内臓の細切れは郷土の先輩である軍曹の飯盒へ全部入れていた。軍曹は細切れの内臓とはいえ、自分だけ口にするのは気が引けるらしく、一切れづつ部下に配給した。見ていて微笑ましい光景であった。  夜勤 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(35)=谷口 範之

 岡本は空小屋に二日間も放りこまれた。解散したはずの軍なのに、小之原の強圧的な暴挙に、ますます怒りを覚えた。岡本はよく耐え、三日目に宿舎に帰ってきたが、以後人が変ってしまって誰とも口をきかなくなった。  私が四月末にラーゲリを出発する頃まだ元気でいたが、あれ以来会っていない。生還しただろうかと、いまだに気に懸っている。    軽 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(34)=谷口 範之

 鳥の鳴声もなく、深い静寂がたちこめている中にたった独りでいると、冬枯れの林が私を見守ってくれているような錯覚を起す。逃亡は今だ。誰もいないと、ささやく声がした。見回したが誰もいない。冬枯れの樹々ばかりである。手に持った黒パンの匂いに、幻聴だったと我にかえった。  大木の切れ端を起す。直径八〇㎝もある。パンは捕虜用と違い食パン型 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(33)=谷口 範之

 金曜日の夕方になると、一〇人ぐらいの黒パン受領係が任意で募集され、丘のすぐ下のパン工場へ受領に行く。急坂を下って工場に着くと、一人当り一㎏パン五コを入れた叺(かます、袋の一種)を渡される。それを担いで暗い急坂を登るのはつらいということだった。  この運搬中、暗闇を利用して黒パン一コを掴みだし、ふところに隠して持ち帰る役得がある ...

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自分史=私のシベリア抑留記=(32)=谷口 範之

 柵と柵の間は一m巾、内側の柵の高さは二・五m、中央の柵の高さは三m、有刺鉄線は一五㎝間隔に張りめぐらしてある。カンボーイに咎められないで、どうやってあの狭い間に投げ込んだのだろうかと一瞬考えた。が、思わず柵に駆けよった瞬間、銃声と同時にパシッと弾丸が頭上近くを走った。ハッと首をすくめて立ち止った。右上隅の監視塔から射ってきたの ...

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