臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(158)
1946年4月23日のその日、つづけて津波元一、三保來槌、藤本坂末が尋問を受けた。彼らの供述は正輝とおなじようなものだった。臣道聯盟の会員で毎月献金していた。(津波だけが多く5クルゼイロ払っていた)
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(157)
その日、サンパウロ州法医学課のジョゼー・リベイロ課長の指名により、アメーリコ・マルコンデースとジュベナル・ハドソン・フェレイラの二人の法医学士が長野すけおの死体を検診した。二人は午後3時に死体解剖を
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(156)
今はどうか? 何もしなくていい時間がいくらでもある。今までこんな機会は一度だってなかった。だが、今は違う。「牢につながれる」という表現どおり、牢屋に入れられ、いろいろな規則や要求に縛られている。外の
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(155)
湯田幾江といっしょに検挙された高林明雄もカルドーゾ署長に同じ日に調れらべられた。36歳で、父は高林信太郎、母はヌイ、臣道聯盟のアララクァーラ支部では一番の知識人だった。ただ一人、高等学校を出ていて、
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(154)
DOPSにはこの作業の手間を省くため印刷物が用意されてあった。表側には容疑者の「評価調書」と書かれ、証言がなされた日付、証言者のデータが記されていた。この部分はカルドーゾ署長、証言者、公証人が署名す
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(153)
DOPSについた次の朝、身分証明と身上鑑定のため三階によばれた。姓名、両親の名前、生年月日、既婚、未婚の身分、職業、国籍、出生地、在伯期間、学歴、住所、検挙日、検挙の理由、宗教などが確認され、指紋が
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(152)
4月9日、ヨシオは助け合うという精神をもって、帰途につくマサユキを連れ、アララクァーラ向けの汽車にのった。 ヨシオは房子に大歓迎を受けた。 「あなたがきてくれて、よかった。本当に助かるわ!」 夫
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(1)
子どもは気が動転したウシの権幕におされ、父親の勾留のことをきちんと話すどころか、説明するのも容易ではなかった。 「カッカン(勝つ)とかマキタン(負ける)とかいうことで…」 沖縄弁で、日本が戦争に勝
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(150)
そこからどこに連れていかれるのだろう? どこかの牢屋で忘れられてしまうのだろうか?でも、どこの牢屋なのだろう? いつまでなのだろう? 妊娠6ヵ月の身重で、上が11歳、下が1歳半少し、夫はおらず、他
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(149)
マサテル(正輝)という二つの漢字を書いた。はじめの正はたいてい「まさ」と読まれ、臣道聯盟本部で没収されたリストの漢字を読んだ翻訳人は「まさ」と読んだ。ところが、二番目の「ひかる」という意味の漢字は名