正輝の父、忠道の怒りは当然だが、鹿児島の支配下にいるのがいいという意見だった。この新しい県の行政を司る人間、それは絶対に優秀な薩摩の旧藩士で、沖縄をよくしる現在の鹿児島県人でなくてはならなかったのだ。それが政治家であれ、軍人であれそしてまたは平民であれ。 1892年、天皇から男爵の称号を受けた尊大な旧薩摩武士、奈良原繁(なら ...
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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(15)
一方、明国は経済的にも軍事的にも最強で、みんな明国を怖れており、武家政治下にあった日本も中国に対し、これに似たやりかたを踏襲していた。極東全域の小国が中国への服従を示すことで、いざこざを避けようとしたのである。ようするに、中国は平和の守護神という役割だった。 そのうち中国の注意を喚起しないような方法ではあるが、自分たちの欲望 ...
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公用語は日本語で話すことが義務づけられていたし、教育も東京の中央政府から日本全土に発せられる教育方針にのっとった指導を受けていた。教理に従い天皇を崇拝した。忠道は沖縄の独自性(アイデンティティー)が失われることによりも、鹿児島県知事に従わなければならないことで「いまさら、なぜ、鹿児島県なのだ?」と嫌悪感をしめした。 とくにサ ...
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マサユキは沖縄滞在中、近親の大学卒の者たちが尚巴志王時代までさかのぼって、家族の先祖について調査したことがあるときかされた。尚巴志王は1429年、島を三分していた王国を統一し、琉球王国の最初の王となり、1439年まで統治した。17世紀に70~80年間の空白期間があるのだが、それは保久原の苗字を否定したり調査を無効にする材料には ...
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だが、彼らがまるでいっしょに育ったように感じられる原因がほかにもあった。それは一族の歴史を二人が共有していること。父方の祖父の孫というおなじ血を引く者同士だから当然なことだ。さらに二人を強く結びつけたのはコミュニケーションの容易さだ。沖縄語のウチナーグチで会話ができるという僥倖だった。 さいしょ、空港での昇とマサユキの態度は ...
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船中では足や腕を動かすだけで、隣の人の足や腕にぶつかってしまった。いま、汽車のなかではもうすこしで、牛叔母さんの顔に当るところまで思い切り体を伸ばし、何回もあくびをした。闇がおりて景色が消えた。一本調子にくり返される音、単調な旅、そして、心地よい揺れが彼を眠りにさそっていった。 父母のこと、幼いころのこと、それから帰途につい ...
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日本人はみんな背が低く、土地の者になじみのない妙な服を着ている。借りた着物のように妙に感じるのは移民のほうも同様で、彼らが洋服など着慣れているはずもなかった。 地元の人間にしてみれば、日本人はまったく理解できない言葉を話し、なかにはそれを笑う者もいた。奇異な言葉はおかしくもあったろう。また、沖縄の女たちは、他の土地にくらべて ...
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回答はシンプルだった。若狭丸は神戸を出てからシンガポールまで一路つねに南西に向った。マレーシア岬やシンガポールの間をさえぎるスマトラ島を迂回するため、船は方向を南東にむけ、そのままジャワ海、ジャワ島をめざして航海していた。赤道を通過したという知らせが、乗客にもたらされたのはもう夜だった。航海の習慣になっている赤道祭などの祝いご ...
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それまで、人間は老齢や転落や殺人などの事故のために死ぬのだとばかり思っていた。それも耳にしたことがあるだけだ。はじめて脳膜炎の患者がでたとき、みんなは船の高いところから転落し、頭をひどく打ち、打ち所が悪くて死んでしまったと考えた。そこではじめて脳膜炎だということが知らされた。 最初の脳膜炎による犠牲者がでたとき、乗客の動揺は ...
続きを読む »臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(7)
正輝は食べ物についても不平はなかった。献立は日本的で、毎日、3度の食事が支給された。朝食は7時、シソの葉の香がする梅干、たくわん、味噌汁、かぶの酢漬け、乾し魚、大豆の煮物、野菜類。昼食は12時、たくわん、にら、肉と野菜(大根、じゃが芋、玉ねぎ、キャベツ)の煮物、たまに乾燥れん根が出たりした。夕食は4時に出され、朝食、夕食より栄 ...
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