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道のない道=村上尚子

道のない道=村上尚子=(42)

 私の周りの客へ、三―四回もお酌したり、ジュースのお代わり等をしたら、後は客が帰るまで待つ。客たちが立ち上がったら、靴を揃えてあげる。そして彼らが引き上げ始めると、階下の玄関まで、みなで見送る。これで終りだ。手の空いた私たちは、女ばかり集まる控え室へ戻って、お喋りをする。  ひと段落すると、私は胸に手を当てる。そこには、里子の髪 ...

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道のない道=村上尚子=(41)

 私は、この家にやって来て、とうとう一郎と別れたことを告げた。その時私は、サンパウロにある料亭「花園」というところで、働こうと思っていることを、父母に打ち明けた。  わけを聞いた父は、子どもたちを集めて、家族会議を開いた。 「尚子は、料亭で働くと言っている。二人の子供を養うにはオレは賛成である。皆はどう思うか」 「お姉さんが、そ ...

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道のない道=村上尚子=(40)

 一郎の辛さは良く分かる。でも、今私たちは、そんなことを言っている場合でないことも彼は知っているのだ。その葛藤に負けてしまった一郎……  ところで、その後、酔っ払いにしては、気違いじみてきた。ある日、ずっしりと重い鍵の束を私に見せた。 「この鍵は、今盗んできた。これで銀行に入る(盗みに)けに、人に言うなよ!」  私は、ただただぽ ...

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道のない道=村上尚子=(39)

 当時は、日本食堂など、この町には一軒もなかった。前の大通りの一番下あたりに、大きなレストランはあった。日系人が経営している。そこを、日本人たちは、利用していたらしい。こちらは名ばかりの食堂である。  客が入り始めた。ある農家らしい男の客が、 「ここはねえ、ほっ! と一服できる雰囲気だよ……」  と言ってくれた。宣伝もしていない ...

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道のない道=村上尚子=(38)

 何日過ぎても、雨の降る気配もなく、太陽は照り続けている。エスタッカ(添え木)を山から切ってきて、トマトの木が倒れないよう括りつけた。トマトが元気に育てば、このエスタッカが隠れるほど、緑に覆われる。  しかし、その細いトマトの木は、エスタッカと並んで立っている。それでも、哀れな葉をつけている。こんなに水不足の中でも生きようとする ...

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道のない道=村上尚子=(37)

「それにしても、売れるかな?」  という緊張と期待で心が引き締まる。町に着くと、迷わず日本人ばかりに売って回った。みかん箱にいっぱい近くあったまんじゅうは、一個も残らず売り切れた。嬉しかった。子供たちへの、ささやかな(それでもみんなには大変なもの)お土産と、現金を握って帰ってきた。この日は、家中に電灯が点いたようであった。  以 ...

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道のない道=村上尚子=(36)

 あのピーマンくらいで、台所の苦しさが変わるはずもなく、家の中は何か陰湿な空気が漂う。ある日、信が重大報告のような構えで、 「今日は、ママイ(お母ちゃん)の誕生日だ!」という。  私は、ママイと呼ばれたことはない。であれば、生みの親のことである。  おまけに一郎までが、畑から帰って来て、心なしか肩を落としている。 「すまんな、今 ...

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道のない道=村上尚子=(35)

 ある日のことである。  家の前の庭に、親指の先くらいの蟻が飛んできた。羽が生えていて、空から飛んで来たのだ。飛んで来た蟻は、自分で透き通った羽を、ハラリと落として、庭一面に動き回っている。私はひらめいた。手を伸ばして蟻を拾い、その太い尻をもいで集めた。ものすごい数の蟻だ。鍋に半分になったら、これを火にかけ炒ってみた。  子供た ...

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道のない道=村上尚子=(34)

 畑全体は出来なかったが、大半はやっつけた。考えてみると、生きた葉に毒をかけても、まだ水分は根元から上がっているので、枯れることはない。  私のやり方なら、もっと勝負は早いと思った。とにかく、この年のトマトは、弟宅と、私の家の二軒がこの地域では、収穫できた。今考えてみれば、一郎は、ハサミの件は何も言わなかった。第一、見てもいない ...

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道のない道=村上尚子=(33)

 この蜂は「アフリカ蜂」といって、蜜が多く採れるということで、わざわざブラジルがアフリカから取り入れたものだそうだ。ところが、手に負えない獰猛な蜂だとは知らなかったそうで、何人もの死者が出ているとのこと。  この蜂騒動の後、家に着いてみると、八羽の鶏は全滅、犬は本能的に暗いカーマ(寝台)の下へ潜り込んだらしい。そこから身動きもせ ...

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