ブラジルへの移民―その動機 そのころのことである。ブラジル近親者呼び寄せ移民再開のニュースに接し心動かされ、妻に持ちかけた。丸いお膳に熱い芋を囲み家族揃って夕食の最中であった。 「ネエ、かあちゃん、私はブラジルに移住することを決めたよ、今の仕事も何時まで続くか知らない。大国に出て思う存分やって見たいんだ。そして、将来安定した円満 ...
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父の遺志を遂行した金城郁太郎の移民物語=上原武夫=(2)
兵役召集――ウンチェーと恩賜のたばこ それから間もなくしてから彼は召集され、八重山(島)に配属された。 そのころ部隊は、ものすごい食糧難にみまわれ、隊長も悩んでいたという。郁太郎は隊長に申し出た。「隊長、この土地は湿りけがあり空き地も広い、そこにウンチェーでも植えたらどうでしょうか、部隊全体の食菜になりますよ」と農業をしたことの ...
続きを読む »父の遺志を遂行した金城郁太郎の移民物語=上原武夫=(1)
戦前・戦後のブラジル日本移民約25万人、それぞれが大きな夢と希望を抱き地球の反対側ブラジルまでやって来た。その殆んどが農業移民であった。 だが、日本での宣伝やそれぞれが想像していたこととはあまりにも差異があり、表現の仕様もない過酷な苦労を重ねた移民群衆。働けど働けど食うのが精一杯の暮らしで、歳を重ねるとともに成人になった子供た ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(9)
林田は何か猪瀬に耳打ちをしていた。猪瀬の目が眼鏡ごしにきらり光った。職業柄、この連中は鹿を追う漁師に似ている。「見せてくれ」というのである。宴の乱れた会場を抜け出した一行は、小楠の農場に向った。 納屋の一隅には、売れ残った二百キロのアーリョが茎をしばって吊るしてあった。技師はその中の一束をとって首を落とし、尻ひげを切り、薄皮を ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(8)
鹿さんはマキを補充しながら、「おいおい、先ほどのアーリョの話はどうなった」「ああ、あのかぜ薬か」大貫は無造作に言った。 牛はもう手放しにしてしまったし、用のないアーリョだから、「食べたらいい」と小楠の奥さんに差出した。それを使わずに小楠が植えたのである。その一キロのアーリョは、幅70センチ、長さ3メートルの畝に蒔いた。その年に ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(7)
牛にはそれぞれ、日本名ブラジル名を太郎、花子、テレザ、タチアナ、というように命名していた。太郎は日ごろボテコまで800メートルの道程を、出荷用の乳缶を載せて運ぶのに訓練していたので、カロッサは嫌がらずにつけさせていた。 でも、この日の太郎はちがっていた。 山道に入って二キロも歩かないうちに座りこんでしまった。いくら鞭でたたいて ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(6)
だが季節外れの降霜のため、せっかく生育のよい小麦も、毎年穂孕期に被害を蒙り、入植者は断念してミーリョを植えたり、近くのパルプ工場に働きに行ったりして、土地を手離す者が増えていた。 小楠の隣耕地も、ジャポネースで、いい買い手があれば世話をしてくれとたのまれていたのである。「俺が話をつけてやる。牛を連れてはいって見ろ、そのうちに土 ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(5)
それがカロッサに積む時、毎朝乳缶の蓋をとってみると、どの缶も必ずといってよいほど乳が盗まれている。乳はひと晩置くうちに。上面に黄色い膜を張るものである。その乳の固まりを集めて煮つめると手製のマンテーガができる。それが盗まれるのだ。どうせその分は出荷しないものの、乳も二、三リットルは減っているようだ。毎日ともなれば、小さなコソド ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(4)
地元の牧場主たちは、牛を自由に放しておけば、一日中、足首を湿地に踏み込んでいると、足の爪際から病気に犯されるので、この土地は放ってあるのだそうだが、朝夕一時間ずつの放牧なら、何の支障もないはずである。また、家畜にとっては、朝夕のこの時間が満腹させるためには必要であることは、美幌高校の畜産科を経てきた者にとっては、常識であった。 ...
続きを読む »アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(3)
単身青年のこの二人を呼び寄せてくれた石川庄衛は、この湖に面した土地の一部を借地して、種子栽培の農場を経営していた。この砂丘は、カマボコ状のゆるやかな丘になって海岸線と画しているが、反対側のつまり湖に面する斜面は、割り方地力があり、緑の雑草が繁茂している。石川はこの土地を八十アルケール借地して、タマネギとか、カボチャの種子作りを ...
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