これは彼のひねくれた妄想ではないのを、不具でうまれたつぎの児が、太一夫婦の将来を暗示してくれた。その児は臍の緒がしまっていなかった。乳を吸う力もない虚弱児であった。太一もこれはとても育たないと望みをたったが。そこは親の情として、一度は医者に診せたかった。 ところが、ーお前でも自分の子は可愛いいがーと父からやられた時は、太一の息 ...
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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(17)
千恵は夫の手をとって、自分の腹にあてがった。そこでは一つの命が育とうという意思で、母の胎内でおどっていた。太一はつい感傷的になって泣けてきた。泣けてしかたがなかった。これで夫婦の仲はおさまったようであったが。千恵は一生この傷痕を石のように胸のなかに持ちつづけたようで、夜の床でももう前のような身をなげだしてくるような情熱はみせな ...
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それも初夜がうまくすごせたからであった。床にはいると千恵のほうより積極にでてきて、太一の手をとって自分の乳房にあてがい、ー可愛がってねーと甘えた。太一はなんの不安もなく官能の喜びをあじわった。ひとりの娘を女にした満足と、こころよい疲労でぐっすりと眠った。 朝の光がそまつな借地農家の椰子樹の壁のすきまから、いく条もの縞になってさ ...
続きを読む »宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(15)
愛なき者の婚姻の悲劇であった。それにひきかえ友人は、神によって結ばれた緑は、人為によっては離せないという堅い信念よりきているように思えた。万事ことにあたって静かなること林のごとしという心境に太一は打たれた。 これは追憶もかすむほどの遠い過去になるが、はなは自分の選択した道をえらんだのだし、太一も自分の当為をなしただけであった。 ...
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これで自分らの縁はおわりだと思うと、足もとに亀裂がはしり深淵に転落してゆく気持ちになった。 ところが、それは太一の思い違いで、彼は女性には月経のあるのもしらなかったが、はなもそのことは言わなかった。このように為すことすべてがちぐはぐな夫婦であった。いく日かたって女のほうから、男の手をもとめてきたので、太一は嬉しくなり不安がうす ...
続きを読む »宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(13)
太一は自分では偏屈とはおもってはいないが、どういうものか人からは好かれないのであった、母は好いてくれたが、父からは嫌われ、弟妹たちからは疎んじられた。そしてはなからは逃げられている。 もしこれが、はなとの不縁が平和の時代だったら、それを機会に太一は家を出ていただろう。ところが彼が望んでいた大都会では、身のおきどころのなくなった ...
続きを読む »宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(12)
この乞食は若い頃、馬喰をたつきとして世間をわたっていた。その間にかかわりあったかずかずの女たち、どちらかといえば身分の上のおなごとの遍歴の物語である。ーわたしは何人ものおなごを好きましたし、また好かれましたが、だれ一人としてうらみに思われたことはございません。この世で夫婦になれなかったのは前の世のさだめとしても来世ではかならず ...
続きを読む »宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(11)
宿世の縁 二(続) 松山太一は、ひと月ほど前に、亡妻の一回忌をどのように行なうかについて考えていたのに、息子からその件について聞かれたときは、すっかり度忘れをしていた。 彼には折々このような現象がおきるようになっていた。 いまさらのように慌てた太一は、前にも世話になった嫁の兄に、坊さんの都合をきいてくれるよう頼んだ。千恵の命日は ...
続きを読む »宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(10)
おれたち夫婦は五十年にちかく、悲喜ともどもに身にうけて暮らしてきながら、ついに心は通じあわなかったのかと、太一は慄然として自分の孤独を知るのであった。 四十九日の法要はすみ形見分けもすんだのに、太一は千恵のいない日常には慣れそうにもない。妻の不在という現実には屈しても、一日のうち何処かで何かで考えごとをするとかならず千恵がかか ...
続きを読む »ガウショ物語=(46)=ファラッポスの決闘=《終》=とどめを刺すなら今だ!
歩いていくと、遥か向うから川岸を降りてくる人影が見え、わしの後ろの方からは別の、もう一人がやって来るのに気がついた。 ゆっくりと、まるで気楽な散歩をしているみたいに、ふたりは近づいてきた。 ああ、言い忘れていたが、二頭の腹帯の下には、それぞれ剣が差してあった。 気をつけて見ると二本の剣はそっくり同じだった。鍔は握った手にかぶさ ...
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