じゃあ、自分たちは、この国の土になるのかということだけど、まさにその通りということね。私たちは最初からそういう考えで移民して来ているし、それが本来の移民だというふうに信じてもいるわけね。 そういう発想は、日本を中心にした考え方から見れば、ちょっと理解しがたい雰囲気があるかもしれないけど、しかし、目をもっと広いところに移せば、そ ...
続きを読む »連載小説
中島宏著『クリスト・レイ』第147話
私はそう言って笑って答えたんだけど、本当はその場で思い切り泣きたい気持ちだったの。でも、良かった。こういう父と母に育ててもらって本当に良かったし、私はとっても幸せだったと思ってる。 私がブラジルへの移民を思い立ったのは、さっきの説明通りだけど、じゃあ、今村町の人たちはどうだったかというと、私の叔父も含めて、その事情はもっと切 ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第146話
アゴスチーニョ神父もおっしゃっていたように、師範学校で学んだことは私にとって、すごく重要だったし、世の中の諸々のことを見据えるという点で、大きな意味を持つものでもあったわ。あの学校で習ったことは、もちろん、知識を吸収するという目的もあったけど、同時にまた、いかに勉強するかという、その方法を学んだといえるわね。全般的なことをただ ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第145話
そんなことがあってから、私は気分的にも本当に落ち着いて穏やかな気持ちになり、私のイエス キリスト様に心から感謝の祈りを捧げることができるようになったわ。 その後、私が考えたことは、この隠れキリシタンの流れをもっと広い世界に広げていったらどうかということだったわ。小娘の発想としては、ちょっと常識外れの感がないでもないけど、まあ ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第144話
それは、終点が見つからない、結論が見出せない、底の見えない不気味なもののように私には感じられたわ。だから、余計苦しかったとも言えたわね。 でもね、悶々とした後、ある日突然というような形で、私なりに納得できたの。 何百年の歳月をかけて必死に守り続けて生きてきた、隠れキリシタンの人たちの系譜と歴史の意味は何なのかということを考 ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第143話
同じ隠れキリシタンの流れを汲む牛島あきさんの人生は、まるでこの世に苦しむために生まれて来たようなものでしょう。果たしてそこに、生きる上でのどういう意味があったのか、ということを考えていくと、彼女の生きた人生がいかにも不毛で、幸薄いものであったものに感じられ、そこにあるものは、滅入るような暗い気分に落ち込んでいくような雰囲気を持 ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第142話
そのときから、私は今の父と母に預けられるということになって、それ以降はずっと、そこで育てられることになったというわけ。牛島あきさんは佐賀県のどこかの結核療養所へ送られたらしいけど、結局、そこから退院することなく、一年後に亡くなってしまったらしいわ。 牛島さんは、亡くなる半年ほど前に、父を呼んで私のことをお願いしますと、養子縁 ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第141話
その衝撃的な事件というのは、あるきっかけからね、私が両親の本当の娘ではないことが分かってしまったの。それ以前にも、そんなうわさを、ちらりと耳にしたことはあったけど、私は頭から信じなかったし、そんなことがあるわけはないと思っていたわ。私には二人の弟と二人の妹がいて、兄弟仲もよく、貧しかったけどすごくいい雰囲気の家庭だったから、ま ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第140話
隠れキリシタンの話は、両親からも、それから村の人たちからも、いろいろ聞かされていたから、それなりの知識もあったし、その歴史もある程度は知っていたけど、日本でのキリスト教の実態は実は何も知らなかったわけね。そこで初めて、私たちの持つ宗教は、日本では特殊なものなのだということが分かったわ。 キリスト教とはいわず、耶蘇教と呼ばれてい ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第139話
そして、そこではすべての人たちが貧しく、毎日の生活にも事欠くというほどの状況だったわ。それは、私の小さな頃からもそうだったし、大きくなってからも基本的にはその貧しさは変わらなかったわね。今では多少良くなったようだけど、それでも貧しさから脱却できたとはいえないようね。 でも、そういう貧乏暮らしは、私にとっては生まれてからずっと ...
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