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連載小説

ガウショ物語=(30)=娘の黒髪=《5》=目が覚めるほどの混血美女

 そのとき、わしらの頭の上の幌つき荷車の中から、話し声が聞こえ、若い娘の笑い声がした。そして、女がペチコートの音をたてながら降りてきた。 膝を抱えて座っていたシルーは女の気配に気付くと、頭を垂れて顔を隠した……帽子は額と腕の間で押しつぶれた……。娘はわしらの前を通った……見たところ一人は眠っているし、今一人は間抜け面の男、つまり ...

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パナマを越えて=本間剛夫=91

 私は驚いて男の顔を見つめた。濃い髭ずらのエスタニスラウなのだ。懐かしいポルトガル語だ。彼は私の肩を抱いて髭ずらを私の頬にこすりつけた。私は直感した。エスタニスラウがここにいるなら、ゲバラもここだ。次の瞬間、小心な私は身の危険を感じた。私は旅商にエスタニスラウをブラジルの友人だと紹介すると彼は「奇遇ですね」と言い残して部屋へ戻っ ...

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パナマを越えて=本間剛夫=90

「ハポネスだね。ここへ何しにきたんだ」穏やかな口調だ。「サンファン」「ああ、日本人移住地だね。あんたは移住者じゃないね。どんな用事で? 職業は?」「友人を訪ねるんです。ラパスの大使館に勤めています」 私は胸のポケットから大使館発行の身分証明書を出して見せた。兵隊はその証明書の写真と私の顔を見比べていたが、本人と納得した様子で「あ ...

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パナマを越えて=本間剛夫=89

 彼らがサンファンに着いたとき僅か五、六ヘクタールばかりを伐採した空地があるだけで周辺は昼なお暗いジャングルで大木が聳え、その下は密生した草木で覆われ、わずかに獣類の通路と思われる踏まれた雑草の窪みがあるだけだった。 西川は二万ドルの資金を用意していたというが、その大半は移民のために費やし、しかも現地に到着しても日本政府が約束し ...

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パナマを越えて=本間剛夫=88

 いよいよコルンバを出発、国境を越えて汽車はボリビアへ入ったが、移民たちは目的地に近かずいた喜びと安心よりもショックの方が大きかった。サントス出発以来、西北に向かうにつれて周囲の風景は次第に「文明度」が薄くなり、国境を越えると、とたんにそれは大きな落差をもって低下した。通ってきたブラジルの田舎ではペンキがはげ、屋根瓦は古びた一軒 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=87

        4 一九五四年、日本外務省はボリビアに対して移民の可能性を調べるため調査団を派遣した。彼らは二週間の調査ののちサンタクルース地方を選び、それから北西百三十キロのサンファンの土地を購入することになった。 この頃、企業家で海外からの引揚者西川利道は小規模精糖機械をもって海外進出を計画し、外務省に応援を求めていた。彼の ...

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パナマを越えて=本間剛夫=86

 農業担当官はブラジルに駐在したことがあり、私が戦後二度目の旅行の際、サンパウロで日本人移住者の候補地選定に動向した間柄だったことを知って親しみが湧いた。彼はボリビアの底地ジャングルに新設されたサンファン移住地の農業指導者として駐在しているのだといった。 食卓を囲みながら、誰もがゲバラについて一言も触れないのが不思議だった。私が ...

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パナマを越えて=本間剛夫=85

 明日から旅行会社の案内で京都、奈良を廻り、大阪から帰途にすくというエスタニスラウの言葉に戸惑った。「もっとゆっくり話す時間がないのか……」 私はアントニオとも話したかった。エスタニスラウは私という人間について、どのように説明してあるのか。ただ、ブラジル南部の海岸に近い小さな町の小学校で教えられた教師だ、という程度なのだろう。し ...

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ガウショ物語=(29)=娘の黒髪=《4》=全てがだらけきった野営地

焚き火でじっくりとシュラスコをする様子(Foto: Francielle Caetano/PMPA)

 もうちょっと歩いて、ようやく目的地に着いた。原っぱの真ん中に大きな焚き火が燃えていた。周りには串刺しの肉が並べられ、焼ける肉から落ちる脂がジュージューと音をたてていた。炭火の上には鉄のやかんが並べられ、湯がたぎっていた。その辺には銃が吊るされ、軍靴がほ乾され、外套が広げられ、ポンチョが枝にぶら下がっていた。 羊の毛皮や鞍の敷き ...

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パナマを越えて=本間剛夫=84

「生活費は必ず送金する。決して心配しないでくれ。子供たちも成長すれば、それぞれの方向に進むだろう。それまでは親の勤めだから、きっと送金する。おれ一人で行かせてくれ」 私は家内の納得につとめる傍ら秘かに旅券の手続きを終えて、伊原氏と会合を重ねていた。伊原氏はゲバラの活動の成否はともかく、私がブラジル行きを希望しているのを知って、リ ...

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