ホーム | 文芸 | 連載小説 (ページ 113)

連載小説

パナマを越えて=本間剛夫=76

 その情報の中で、日本人の海外旅行が二十年間禁止されるという私にとって暗いニュースもあったが、私は感情の乱れを抑えるように努めた。上司や戦友たちを刺激したくなかった。司令部からは毎日命令が出され、それは連合軍命令として各隊に伝達された。師団糧秣(りょうまつ)庫の解放、銃火器の集積、軍用建物の破壊と全島の清掃などが次々と命令された ...

続きを読む »

ガウショ物語=(25)=皇帝の伝令=<3>=慈悲深い陛下のお気持ち

 また、別の折、車座になっておったのだが、一人が短刀で掌のトウモロコシの皮を伸ばして、編み煙草の一切れを刻み始めた。刻んだやつを掌のくぼみでよく捏ねてから、さっきのトウモロコシの皮で包んで巻き煙草にすると、自信たっぷりに陛下に勧めたもんだ。「ひとつ、いかがでしょうか」「いや、結構だ。その煙草はどうもきつそうじゃないか……」「いや ...

続きを読む »

パナマを越えて=本間剛夫=75

「……父は日本では最高の学校を出ましたが、メキシコでは貧しい農夫でした。私たちが初級学校を終わったとき、前から考えていたアメリカ密行を実行したのです。ところが、国境のリオ・グランデ川を小舟で渡ろうとしたところで国境警備隊に見つかって逮捕されました。母が私たち二人を連れて三日間も逃げ回り、父がどうなったのかは分りません。農場の人た ...

続きを読む »

ガウショ物語=(24)=皇帝の伝令=<2>=陛下から秘密の特命授かる

 万一しくじりを仕出かしたりしたら、ただでは置かんぞ! と言った。 何てこった!……しっかりとした足取りで、赤髭の前五歩ほどのところで直立不動の姿勢をとった。 すると老将軍が訊ねた。「今、話しているのは誰だかわかるかね」「皇帝様でありますか」「皇帝陛下、というんじゃ」「皇帝陛下!」 あの、いつも皆が噂をする皇帝だったのか。皇帝は ...

続きを読む »

ガウショ物語=(23)=皇帝の伝令=<1>=パラグァイ戦争で従卒に

 一八六五年のパラグアイ戦争のとき、皇帝ドン・ペドロ二世陛下がご自分の親衛隊を引き連れてこちらにお出でになって、そのときに、わしは牧夫としてあるいは伝令として、それから忠実な従卒として一緒に歩き回ったもんだ。陛下の馬に馬具をつけることや、寝所の入り口に横になって張り番をしたり、大切な書類や武器を運んだりした。 どんなわけでそうな ...

続きを読む »

パナマを越えて=本間剛夫=74

「私も父からです。そのあとはメキシコ・シチィの日墨協会の日本語コースです」 アンナが続けた。 それから相互に構えた障壁が取り除かれたように見えた。「お父さんが日本人だったのですね」「そうです。母はメキシコ人でした。この戦争には自発的に参加しました。父の国と戦うことで私たちの生国に忠誠を示すためでした。それはアメリカでもブラジルで ...

続きを読む »

パナマを越えて=本間剛夫=73

 副官室では副官の左右に庶務課長と粟野中尉が控え、副官の正面に椅子が二脚並んでいた。私が気づかぬうちにエリカはいつの間にか眼帯を外していた。「連れて参りました」 エリカとアンナは並んで、例のように掌を相手に向ける挙手の礼をした。答礼したのは粟野中尉だけだった。「答礼しないのは。失礼です」 ゆっくり、しかも強い調子でエリカが日本語 ...

続きを読む »

ガウショ物語=(22)=雌馬狩り=<3>=「無茶苦茶にいい気分さ!」

 そこで男たちは群を両脇から押していった。本当の楽しみはこれからなんだ! 中でも足の速い馬を三頭、四頭、五頭も一まとめに駆り立てる、そして休む間も与えずに六レグアも一〇レグアも、一二レグアも走り続けさせる……そんな後でも、わし等はまだまだ元気いっぱいだった!…… 無茶苦茶にいい気分さ! マテを飲み、雌馬どもを走らせる、これに代わ ...

続きを読む »

パナマを越えて=本間剛夫=72

 あの時、気づいてさえいたら洞窟でのアンナの挑みを強く拒絶していたのだ。サンパウロの銀行支店長秘書と米軍航空将校……戦場……。それがどう一人であると誰もが結びつけることが出来よう。エリカを許してくれ! 私は心の中で許しを求めた。「お前が入れ。司令部へ行くのだと説明するんだ」 下士官が格子の自在鍵を外した。私は格子扉を潜って二人の ...

続きを読む »

ガウショ物語=(21)=雌馬狩り=<2>=「馬は三本足で歩き出す」

焚き火でじっくりとあばら骨を焼くガウーショ料理の様子(Foto: Francielle Caetano/PMPA)

 腕に自信のないやつでも少なくとも二組のボーラを携えていたが、大抵は三組用意していたし、五組も持っているやつもいた。一組は手に持ち、残りは腰にぶら下げていた。 これらのボーラはすべて小さい石を使っていて、実に旨くできていた。というのも、知っての通り、馬というのは牛に比べて骨がうんと細いからだ。それで、重いボーラが当ると、当り場所 ...

続きを読む »