連載小説

  • パナマを越えて=本間剛夫=63

     私は断崖の上に立って目もくらむ眼下した。病棟の傍らを流れる小流が生い茂る萱の間から白く光って見えかくれしていた。断崖の高さは約五十メートルはあろう。六十度ほどの傾斜の中央に数本のゴムの大樹が突き出て

  • パナマを越えて=本間剛夫=62

     言葉に詰った。用件というほどのものではない。私が蘇生させた女のその後の容態が知りたいこと、第二にエンセナーダの港町で抱いた戯れの相手かどうかを確かめたい。もし、あの時の女だったら、コーチを知っている

  • 2011年のフェスタ・デ・カンペイラ(牛飼い祭り)の様子(Foto Eduardo Seidl/Palacio Piratini)

    ガウショ物語=(18)=老いぼれ牛=<1>=人も時に畜生よりむごい

     いやはや!……人間ってのは、時に畜生よりも酷(むご)いことをする! お前さんだって、身の回りをみれば、惨たらしい場面に出くわしたことが何度もあるんじゃないかな。……そうさ、わしには忘れられん話がひと

  • パナマを越えて=本間剛夫=61

     私が蘇生させたのだから―ということばを押し殺した。この場合、相手に圧力をかけるような感じを与えるのは不利だと考えたからだ。果たして衛兵は私の単刀直入な申し出に芽を曇らせた。「それは……どうも、医務長

  • ガウショ物語=(17)=チーズを食わせろ!=<2>

     相変わらずの忍耐強さで、爺さんはようやく自分の昼食の注文をした――卵と腸詰一切れ、それにコーヒーだ。それからチーズを切りはじめた。まず半分に、そして、その一つを八つか十切れくらいに切り分けた。切り終

  • パナマを越えて=本間剛夫=60

     下士官兵の面前で制裁を受けて以来、少尉は余り私たちと話したがらなくなっていた。私は彼の、その様子から連合軍は既に本土に進撃しているのではないかと推察した。 命令伝達が中々始まりそうにもないので、兵隊

  • ガウショ物語=(16)=チーズを食わせろ!=<1>

     レッサ爺さんというのは、背が低くてずんぐりしていて、赤い髪に赤ら顔……それに、俊敏で経験を積んだ目――と、まあ、こういった人物だった。だが、体は小さいが逆に大きな心の持ち主だった。 それに分別もあっ

  • パナマを越えて=本間剛夫=59

     薬品の保善は、特に前線では私たち衛生兵の、看護に次ぐ重要な任務だ。見廻わすと事務室の定位置に薬品箱が見えず、勿論三浦軍曹の姿もない。私は奥に引きかえした。すると、例の少年兵のそばに軍曹は薬品箱を背に

  • ガウショ物語=(15)=カルドーゾのマテ茶

    「やれやれ、何てこった!……たかが目玉焼きにこんなに時間がかかるなんて! お前さん、そう思わないか?」 わしらが馬を降りたのは、ちょうど正午だった……それが、もう3時を過ぎてしまった!……。 わしが考

  • パナマを越えて=本間剛夫=58

            5  連合軍にとって、二年前のミッドウェイ海戦は勝敗の流れを変える重要な意味をもっていた。その勝利は神国日本の不敗という信念を砕き、連合軍に積極的戦略をとる勇気を与えた。第一、第二のソ

Back to top button