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連載小説

ガウショ物語=(6)=黒いボニファシオ=《2》=草競馬の賭けで勝負

 あいつは、まだすっかり手なずけていないに荒馬に乗って、意気揚々と現れた。尾に白い毛の混じった青鹿毛で、長い脛に厚い胸、細い耳には鋏で切れ込みが入れてある。たてがみ鬣は首の半分まできれいに切りそろえて、尻尾は根元から三本の三つ編みにしてある。馬はその尾を誇らしげに高く上げていた。 そしてボニファシオの後ろには、物慣れた様子で、い ...

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パナマを越えて=本間剛夫=44

 私は今朝の敵編隊機の爆音が異様な不調和音だったことに何かが起こりそうだという予感を持ったことを思い出した。それは、今までソロモン海域の島々でもいくどか経験していた。敵機の爆音の異常さが、その日の誰かの運命に致命的な変化を与えるという、非科学的な信念が私の習性になっていた。その信念は今日も実証されている。 一片の雲もない空は濃い ...

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パナマを越えて=本間剛夫=43

 そこはゴムの樹ばかりで、その小枝が千切れ飛んでいるほかは、何の異常もないのだった。初め電線に引っかけて減速し、次に柔軟で弾力のあるゴム樹林に突っかけたのだ。地上や海上に突っ込むのとは違って、衝撃度が弱められたために、乗員は死を免れたのだろう。 敵機は一方の翼をどこかに吹き飛ばしており、飛んで来た方向とは反対に機首を東に向け、尾 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=42

「うううっ!」 老少尉は前こごみになり胸を抑えて唸いた。 私たちは不意のできごとに保然と眺めるばかりで、声を出す者もいない。 実戦に最も縁遠い私たち衛生兵の耳にも、サイパンが陥ちたという噂が入っていた。それは全く根拠のないものだが、電信隊の兵から洩れてくるらしかった。私たちは真実の情報を知りたかった。 少尉は、司令部は真実の戦況 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=41

一、    クレゾールを医務室から受領するようにいい添えた。これも各病棟から三カ月も前に申請した者だ。三ヶ月も病棟は消毒されていない。 病棟によっても事情は違う。私の第十六病棟の患者は歩行困難な栄養失調が大部分を占め、重病人は既に意識も定かではない。それら八十名の患者に日光浴をさせたり、布団を濠外に運ばせて乾燥させることが四人の ...

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パナマを越えて=本間剛夫=40

 私たちはこの三年間の転戦で、南海の島々の、食するに足るものは総て食べつくしてきた。海軍がまだソロモン海域で制圧していた頃には豊富な魚類が食べられた。陸地の植物ではパパイヤ、マンゴー、バナナ、キャボ、砂糖黍、蛋白源では鷹を含む小鳥、かたつむり、山鼠、山猫など。しかし、いかに豊富だからといって魚肉ばかり食べてはいられない。パパイヤ ...

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ガウショ物語=(5)=黒いボニファシオ=《1》=皆を骨抜きにするお転婆娘

ガウショの荒馬乗りの様子(翻訳者提供)

 ……その黒い若者は悪い奴だって? そりゃもう! 救いようのないロクでなしだった……だがな、勇敢な奴だったことも間違いない。 テレンシオ少佐の愛馬――顔と四足の白い黒馬だ――とナディコ(太っちょで片足びっこの黒人アントゥネスの息子だ)の葦毛とを競争させたときなんか、わしに言わせれば、奴がまさに真価を発揮したときだった……ただ、そ ...

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パナマを越えて=本間剛夫=39

 衛生兵のどのような介護があろうと、明るいもの、希望するもの、期待できるあらゆるものに背を向け、そこに沈潜することだけが愉楽になってしまうのだ。患者と看護する者の間に一線を引いてしまう。そこには合体するものはない。島の現状からすれば、絶望の渕に沈んで行く患者はそこにだけ自由と安逸と怠惰と豊饒があると信じたいのだろう。入院が自らの ...

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ガウショ物語=(4)=金三百オンス=《3・終わり》=銃を頭に当てて責任をとる

 だが、唄うなんて、あの時のわしには!…… 栗毛が大きく息をついて座りこんだ。耳を動かし、闇を嗅いでいる。浅瀬の渡りのところだ。この荒馬には場所がちゃんとわかったんだ。 チビのやつが、まるで喘息持ちみたいな息をしていた。わしは馬を下りた。 木の葉一枚動かない。物音一つ聴こえない真っ黒な下闇は恐れを抱かせる……、怖い? いや、ガウ ...

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パナマを越えて=本間剛夫=38

 私はその方へ叫んだ。「願いしまあーす!」 詰所から首を出した上等兵が、私の運んできた屍を認めて跳び出して来た。 私は口早に事情を説明して、屍の安置を頼み、上等兵の霊に敬礼して奥に走った。各隊の命令受領者が二横隊に並んでいるのが見えたが、幸いまだ命令伝達の週番仕官の姿はない。私は急いでいつものように最後尾に就いた。命令受領者は下 ...

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