連載小説
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=30
積もる話もあるのでと家に誘われ、好意に甘えて植田さんのお宅へ向かった。程なく話を耳にしたという方々が2、3人訪れ、我々が無事にドゥアルチーナに帰ってきたことを心底喜んで下さった。でも油断は出来ない。
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=29
年齢から言えば、もうすぐ母親の近くに行くのだと言う事もわかっていた。皆嬉しかったが上の3人には一抹の不安がある。程なくカンポス・サレスに着いた。兄弟揃って歩いたら目立つから不安だ。でも、別々になるの
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=28
話したい事は山ほどあるが皆無口のまま。夕飯も喉を通らない。行く者も残る者もそれぞれ今後のことが心配なのだ。決死の行為であるこの旅がどんな意味を表し、どんな結果をもたらすか、神のみぞ知る。今生の別れと
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=27
あれ程心身ともにどん底に落ち込んでいた母の奇跡的な甦りはただただドトール・メルカダンテの優しさと励ましの言葉のお陰だったと思う。医は仁術と云うが、正に佛様に見えた。 唯一つ気になったのは最後の「命は
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=26
神経をズタズタにされた我々には、口を利く力さえ残っていなかった。それぞれ無言のまま、機械的にその辺に散らかっている物を先ずは片付けようと共通の思いだったらしい。その作業に取り組んで気が付かなかったが
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=25
1942年3月も、もう何日かで終わろうとしていたある日、昼食の後の一休みから「さあ、もう一仕事だ」と立ち上がろうとしたその時、けたたましい馬の駆け足が聞こえた。 その瞬間、不吉な予感が心を掠めた。1
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=24
日本軍が世界を相手に勝ち進んでいると言うのだが最近、ブラジル政府が敵性国家として国交も断絶していた日本、ドイツ、イタリア各国の人たちに対して弾圧の手を加えているような話しをしていた。海岸地方に住んで
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=23
気に入った。もう決まったも同然。後は契約書を見るだけだ。契約書は持ち帰ってドゥアルチーナの弁護士に見てもらわねばならぬ。一番大事な点は初年度。再生林の開拓費として無料と明記されているかの確認だった。
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=22
そのときに隣のイタリア系の人からある申出があった。早急には買い手は見つからないだろうから、いま飼っている牛馬の世話といくらかの借地料で土地を貸して貰えないだろうかとの話しだった。それも、自分は20年
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=21
ドゥアルチーナとグラリヤを繋ぐその道路上に沿って電線があったが、個人用には許されていなく、50メートル程しか離れていない電線の下でランプ生活という不合理が罷り通っていた時代だった。 町の電気のきらめ