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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第108回

ニッケイ新聞 2013年7月3日 「きれいな眺めだ」パウロが言った。  叫子がフェジョンとサラダ、ブィフッエ(ステーキ)を次々に運んできた。絞ったばかりのオレンジジュースを三人のコップに注ぎ、叫子も座った。 「さあ、食べましょう」  叫子が勧めると、パウロは紙包みを開いて「俺はこれを食べる」とパンを取り出した。バターがぬってある ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第124回

ニッケイ新聞 2013年7月26日  飲む機会が減ったのは、体調を崩したことも理由の一つだが、パウリスタ新聞の給料がまともに支払われなくなったことも影響している。もともと給料は薄給の上に、さらに遅配が重なったのだ。会計は二階にあるが、夕方になると螺旋階段に列ができた。印刷部、写植部のスタッフも、自分の仕事を放置したまま列に並んだ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第109回

ニッケイ新聞 2013年7月4日  テーブルの上を片付けていた叫子が、その手を止めていった。 「パウロ、字は書けるの?」  突然の質問にパウロは顔を上げて、叫子の顔をまじまじと見つめた。 「中学は卒業したの?」  叫子は見習い整備士の採用資格が中学卒業だということを知らないから、悪びれることなく単刀直入に聞いた。  パウロは予期 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第125回

ニッケイ新聞 2013年7月27日 「終戦直後はそうかもしれませんが、今の経営状況は園山社長が無能なだけでしょう」  園山は二世で、極貧の子供時代を送ったと言われていた。自分の給料だけは真っ先に中村の後ろにある金庫から持ち出していると囁かれていた。園山社長を詰る児玉に、神林は黙り込んでしまった。軍政のブラジルでは経営者批判は共産 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第110回

ニッケイ新聞 2013年7月5日 「パウロ、聞いてくれ。叫子と相談したんだ」  顔を上げたパウロは涙を流していた。テーブルの上にあったティシュペーパーを二三枚引き抜き、叫子がパウロに渡した。涙を拭きながら、小宮をじっと見つめた。 「夜間中学で勉強して中学卒業の資格を取る気持ちはあるか」小宮が聞いた。 「もちろんあるさ。でも、その ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第126回

ニッケイ新聞 2013年7月30日 「インクは一週間分くらいですかね。それよりも紙の方が問題です」藤沢はまるで他人事のように答えた。「紙は一ヶ月分くらい融通してもらっています」  児玉は二人の会話を聞きながら、紙、インクをサンパウロ新聞から時々融通してもらい、パウリスタ新聞を発行していることを知った。おそらくサンパウロ新聞社の美 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第101回

ニッケイ新聞 2013年6月22日  朴仁貞は以前暮らしていた恩田町の知人を時折訪ねていた。そこの朝鮮人部落から帰還した在日も少なくはなかった。  大学から戻ると部屋の灯りもつけずに、朴仁貞がダイニングキッチンのテーブルに腰かけたまま物思いに沈んでいた。いつもなら「お帰り」と声をかけてくるがそれもなかった。 「どうしたの? オモ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第86回

ニッケイ新聞 2013年6月1日 「日本人のパスポートを使い、韓国語も話せない。同胞だといえば、逆に激しい怒りを買うだけだ」  児玉の言っていることは大げさではなかった。 「民族の血なんていうのはしょせん虚構だ。俺が韓国で育てられれば、韓国人として成長するだろうし、日本で生まれて育つから日本人として成長した。生まれた場所の風土、 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第102回

ニッケイ新聞 2013年6月25日  しかし、朴仁貞は一度言い出しら、簡単にはそれを引っ込める性格ではないことを幸代自身がいちばん理解していた。  最後には隣の住人に聞こえるような大声で幸代を詰り出した。 「もう二十年近くも家族と会えないでいるのに、どうしてそのくらいの金が作れないのか。この親不孝者が、大学まで卒業させてやったの ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第87回

ニッケイ新聞 2013年6月4日 「ナチズムとは違って、日本人からの厳しい差別を受けている在日が、その差別に抗して民族文化を守るための自衛手段よ」 「よくわからない。民族文化を守るために、日本人との結婚は忌避する。それではアメリカ人やイギリス人とはどうなんだ。中国人ともダメなのか」 「それは普通の国際結婚でしょ。私が問題にしてい ...

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