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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第62回

ニッケイ新聞 2013年4月26日 「適当に二人前握って下さい。あとビールを」  二人は冷たいビールで乾杯した。 「小宮さん、聞いてもいい」 「どうぞ」 「どうしてモブラールなんかで勉強しようと思ったんですか」 「ブラジル人のところで勉強すれば、それだけ早く上達できるし、ブラジルに馴染めると思ったんです」 「叫子さんは……」 「 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第61回

ニッケイ新聞 2013年4月25日 「それじゃ後で」  小宮は彼女に目で合図した。すぐに授業が始まった。 「皆、こっちを向いてくれ。授業を始めよう。今日は算数をやろう」  彼は黒板に一桁の足算、引算の問題を十題ほど書いた。 「さあ、できるものは前に出てやって下さい」  ほとんどの者ができると手を上げた。教師が適当に指名すると、当 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第60回

ニッケイ新聞 2013年4月24日 「モブラールに通ってみます」 「文字が書けないブラジル人のための学校なんだよ」  竹沢は心配でたまらないといった表情を浮かべている。「家庭教師を雇うのならいくらか会社の方で援助するよ」 「お気持ちはうれしいのですが、しばらく通ってみます。面白そうじゃないですか。役に立たなければその時はその時で ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第59回

ニッケイ新聞 2013年4月23日 「それはそうだが、幸代、おまえ、まだ箱根と続いているのか」 「うん、付き合っているわよ」 「そうか」 「マルクス主義による社会の創造が可能かなのかどうか、実際のところ私にはわからない。でも、そこに夢を託すしかないのよ」  幸代はかなり早いペースでビールを煽り、しまいには日本酒をあびるように飲ん ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第58回

ニッケイ新聞 2013年4月20日  しかし、幸代の気持ちは沈んでいくばかりだった。 「俺、昨日、いいバイトがあって、今日は少し金の余裕があるんだ。軽くならおごるけど」 「授業はいいの」 「危なくなったら、例によって幸代のノートを借りるから大丈夫さ」 「そう、じゃあ、今日はお言葉に甘えて、児玉君におごってもらうわ」  二人はその ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第57回

ニッケイ新聞 2013年4月19日 「それでは革命が達成されるまで在日は差別に苦しみ、山村政明と同じような犠牲者がまだ出るということになる。そういう教条主義が山村政明を自殺から救えなかった一因ではないのか」 「自殺は民青が在日の解放を視野に入れない運動を……」 「在日の解放を視野に入れている革マルが何故、山村政明の自殺を救えなか ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第56回

ニッケイ新聞 2013年4月18日 「幸代の家族は北に行ったのか」  期待して入った朝鮮統一研だったが、幸代は次第に身の置き場に困るようになった。明らかに場違いといった視線で彼女は見られた。  朝鮮統一研で話題になるのは、朴大統領の軍事独裁政権に対する批判や、韓国留学中にスパイ容疑で逮捕された在日二世の救援活動についてだった。北 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=55回

ニッケイ新聞 2013年4月17日  一通りの紹介が終わってから幸代は、一人の学生から声をかけられた。 「幸代さん、もしかして横浜田奈中学校の卒業ではありませんか」 「そうですが」 「やはり思った通りだ」  自己紹介の時、ほとんどの者は自分の出身高校を名乗った。幸代もそうした。出身中学には触れてはいない。声をかけてきた学生に見覚 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第54回

ニッケイ新聞 2013年4月16日  しかし、彼女は東大ではなく早稲田を受験することに決めた。授業料は全額免除の大隈奨学金を取ればいいと思った。早稲田に進もうと思ったもう一つの理由は、韓国文化研究会、朝鮮統一研究会の二つのサークルが存在したからだ。  幸代は大学に進んだ在日の先輩からそのことを聞かされていた。韓国文化研究会は韓国 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第53回

ニッケイ新聞 2013年4月13日  家に残されたものと言えば、食器に鍋、釜、布団に衣類で母娘が最低の生活を維持するだけのものしかなかった。 「進学費用のことは心配しなくていいわ。私も奨学金を取るから」  幸代は神奈川の名門、県立S高校に五本の指にはいる上位の成績で合格、約束通り育英会の奨学金を獲得した。生活費は仁貞の内職や日雇 ...

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