「面白いのはね、アヤ、今こうしてあなたのような日本人と話していますが、これも僕が日本語を覚えようとしたことから始まっていったことであって、もし、そういう機会がなかったら、今でも僕はあなたたち日本人を、どこか遠くから眺めるような感じで見てたでしょうね。第一、あのクリスト・レイの教会のことも、その存在すら知らないままでいたでしょう。 ...
続きを読む »連載小説
中島宏著『クリスト・レイ』第27話
雲ひとつない青空は、まさに秋晴れであり、透明度の高い澄み切った空気は、遥かに高い天空にまでゆっくり上昇していくような雰囲気を持っていた。陽射しは結構強いが、適度に涼しげな風が吹き抜けていくため、ほとんど暑さは感じられない。 二人は、コーヒーの木々の陰を伝うようにしながら、寄り添うようにして歩いている。お互いに、会話が弾んでい ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第26話
ただそれは、この時代よりも、もう少し遡った頃の話で、開拓されて間もない頃の、いわば最盛期ともいえる時代のことであった。月日の移ろいと共にその後、土地の疲弊が強まっていくにつれて、この地方の農業の勢いも目に見えて低下していった。 それでも、この一九三〇年代ではまだなんとか地力が保たれ、普通の水準でのコーヒー園が営まれていた。こ ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第25話
なぜ、そのようなことが可能になったのか。そこにまた、新しい疑問がわいてくる。彼は、特に宗教に興味を持って、それを探求するというようなタイプではないが、しかし、このように日本とキリスト教との関わりを聞かされると、その辺りをさらに知りたいという心境になってくる。彼にとっては、日本人そのものが一種、神秘的な存在でもあり、そういう人々 ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第24話
「ところでね、アヤ、今までのあなたの説明が本当に僕に分かったのかどうかということですが、つまり、ここに移民してきた人たちというのは、日本では珍しいキリスト教信者のグループということですね。そういう人たちがこうして同じ所に入って、生活を共にしているということなのですね。そういう解釈でいいですか」 「そうね、その考え方で間違いないわ ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第23話
「だからね、言ってみればここに移民としてやって来た人たちは、みんな同じ宗教を持っているし、みんな親戚というか、家族みたいなものなの。たまたま、その家族全部が、キリスト教のカトリック信者だったということね。そういうことで、ここに住んでいる人たちは、日本にいるときからのキリスト教信者で、そのことは、このブラジルに来てもまったく変わら ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第22話
「そうね、その通りよ。私もずっと、もの心ついたときから、いや、それ以前からもうキリスト教信者だったわね。私の家は代々みんなそうだったし、私が生まれた町や地方でも、ほとんどがそうだったわ」 「ということは、日本でもかなり多くのキリスト教信者がいるということですね」 「いえ、そういうことじゃないの。日本でのキリスト教信者は、ほとんど ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第21話
「ところで教会の話ですけど、いったいこれは、どういう教会なのですか。町にあるキリスト教の普通のカトリックの教会とは大分違うと思いますが」 「そうそう、その話を今日はするはずだったわね。話が横道に逸れてしまって、ごめんなさい。でも、最初にこういうことを、つまり日本語のことを説明して置くことは必要だと、私は思っていますから、悪く思わ ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第20話
「ということは、アヤにも、友だちのような喋り方でいいということですか。うん、それだったら分かります。でも僕の場合は、日本語でその、友だちと話すような話し方を知らないのです。今まで、丁寧な話し方しか勉強してきませんでしたから、先生にそういうふうに話すことはできても、友だちのように話すことはできません」 「あ、そうか、そう言われれば ...
続きを読む »中島宏著『クリスト・レイ』第19話
「こんにちわ。大分待たせたかしら。一応、時間通りに来たつもりだけど」 「いえ、アヤ先生、私の方が約束より早く着きましたから。私が待つのは当然です」 「そう、それならいいけど。ところで、どうしょうかしら、二人で歩きながら話をしますか。それとも、どこかに座って話した方がいいかしら」 「あ、それは、先生にお任せします。私はどちらでも構 ...
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