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連載小説

連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(74)

 けれど行くとしたら、ある期間、農作業から離れなければならない。畑の野菜も棉も栽培もできないので、金も入らないことになる。その上、二人の往復切符、宿賃、外食の経費、いくらあっても足りない。どのぐらいの期間向こうにいなければならないのだろうか?  金は少ししかなかった。往復の切符も買えないといった具合である。事情を盛一に打ち明けた ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(73)

 房子は体の小さい女だった。だからひ弱にみえた。はじめは流産しないように細心の注意をはらった。仕事のリズムもいくらか遅くなった。ブラジルに着いてからはじめて正輝は真剣に農作業に励んだ。作物に関する正確な時期をみきわめ、すべての作業に注意を払った。それから、いままで見せたことのない懸命さで家事も手伝った。  「生まれてくる子どもに ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(72)

 「バチ カンジュー ドー(おまえのしたことはおまえの身にふりかかる)」  自分たちが子宝に恵まれないことを、神の罰がくだったなどといわせないためでもあったのだ。  房子が懐妊しないまま、一年、一年半、二年とときはどんどん過ぎていった。房子は、これはユタの智恵、経験では解決できない問題だと思うようなった。正輝はあまり医者に相談し ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (71)

 ユタはそれぞれの問題について説教し、助言し、説明を与えてくれた。みた夢を判断したり、預言したり、先祖と話したりした。そして先祖が平穏であるか、それとも、子孫になにか望むことがあるかを訊ね、また、子孫がどのようにふるまうべきかの助言も受け、訪れた者たちに伝えた。そして、先のことを予言した。  房子が妊娠しないのでユタに相談すべき ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (70)

 房子の移住は、出発まで時間がかかったが、その間に得た漢方医学の知識は結婚生活に大いに役立った。知識ばかりでなく、漢方医学の本質やその応用法がしるされた解説書をもってきていた。  二人がはじめての冬をむかえたとき、正輝は寒さによる体の痛みを訴えた。房子が沖縄で習得した教えによると、体のある場所に熱をあてると、痛みがおさまるという ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(69)

 どの日本人の心のなかにもよりよい収入を得たいとう気持ちがあった。もっと魅力的な仕事のある土地の情報を求めていた。そんなとき、パウリスタ線とソロカバナ線に沿って、新しい作物の生産地があることをきき、安里はアルタ・ソロカバナ地方のパラグァス・パウリスタに家族みんなで移ることにした。  当時、棉のことを「白い黄金」とよんだが、それが ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (68)

 叔父の樽は少し前、サンカルロスに移り、町のそばに農園を借りて、野菜を栽培し朝市で売っていた。家族が増えていた。  1921年から1923年、イガパラヴァにいたとき、長女のハツエと長男ヨシアキが生まれた。1925年タバチンガでヨシオが生まれた。沖縄人らしく顔が真っ黒で、丸顔がノルデスチノ(東北部地方の人)に似ているので、「バイア ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(67)

 房子は未亡人としての責任を負わないことに決めた。兄に意見を問うと、兄はそれを承認した。戸籍上結婚しているとはいえ、それはなんの意味もなかった。一日たりともいっしょに過ごしたことはない。だから、彼女と夫とを結びつける関係、日常生活、親近感はないといえる。幾三郎の位牌を守ろうとする寛大な気持ちがあったにせよ、それは位牌を守る人がだ ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(66)

 房子がはやく家族や近所の人たちになじめるよう心を配った。幾三郎との破談は彼らに動揺を与えたばかりでなく、房子にも先のことは全く予想もつかない。配偶者と生活をともにするためにきたのに、その主人がいないのだ。  房子は結婚するしないにかかわらず、自分の生活環境に変化があったことはたしかだが、そのことでトラウマにおちいらないように、 ...

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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳= (65)

 房子はルス駅のこちら側には何の興味もしめさなかった。そこで、こんどは反対側の色とりどりのネオンが輝く中心地に向って歩き出した。そこにはまだ大勢の人がいた。郊外電車を利用する労働者はルス駅で降り、駅の周囲にあるバスの停留所まで歩き、バスに乗って各方面の家路につくのだ。まだ、道は行商人でにぎわっていた。彼らはそこを通る人たちの気を ...

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