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連載小説

自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(57)

 私はすでに正夢を体験している。あの夢の続きの最後は、わが家に帰えりついて父母にあっている。だから帰還は実現するはずである。死ぬはずはないと強く自分に言い聞かした。  下痢は一日一回程度におさまった。腹痛は全くなくなり、軟便になった日に、元の宿舎へ独断で帰った。   一〇、林田さんと遭う    病舎へ行く前の宿舎に戻ってみると、 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(56)

  九、天罰覿面  欲の皮が突っ張って、その日の夕方から下痢が始まった。天罰覿面とはこのことか。下腹が痛み便所通いの回数が増えていく。薄粥に慣れきっている胃袋が、だしぬけに固い飯を飯盒二杯と炒りトウモロコシを、一度に送り込まれて驚き拒絶反応を起こしたのだ。  幸い宿舎のすぐ隣が共同便所で助かった。三日目の夕方、便所に行こうとして ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(55)

 先日の薪採りで推測した通りであった。噂では五千人は収容されていると言うことであったが、噂ほど当てにならないものはない。  見習い士官の服装をした青年がでてきた。 「ソ連軍の命令により、一日当たり二コ分隊の人員で、鉱石採取の応援をすることになりました。右翼の列から三〇人編成をし、今日から作業に行きます」  みんな騒然となった。 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(54)

 毎日一〇数人か三〇人ぐらい、死んでいると専らの噂である。ラーゲリで奴隷以下の家畜のように扱われ、衰えて病弱者になった。そして命は取り止めたが役に立たないと言うことで、北朝鮮まで来たものの病が重くなって息を引き取る。無残であった。患者を診察している軍医の表情には、憐憫の表情は浮んでいなかった。  モルドイ村の病院に派遣されてきた ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(53)

 そんな彼はいかにも手に負えない兵隊に思えたが、こうして身近に接していると、意外にも好人物であることが分かってきた。一見ぎょろ目で髭は濃く、取り付きにくい感じなのだが、たまに冗談を飛ばしたりして、いつとはなしに仲良く行動を共にしていた。  保坂さんは志願兵仕上がりの伍長で、モルドイ村から伐採に応募した時の班長であった。温和しい人 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(52)

  三、収容所(日本窒素K・Kの社宅街)  間もなく有刺鉄線を張り巡らした収容所に着いた。監視塔は見当たらない。周囲は山で囲まれている。日暮れてきた。日本窒素の社宅街を収容所にしているという。 「社宅は満杯だから、適当に寝場所を探してくれ」  と、触れがきた。  この頃になると階級意識はすっかりなくなり××君とか××さん、等と呼 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(51)

 今夜はこの浜辺で一泊だ。浜辺に座ると太陽で温められた砂地が心地よく、眠気を誘う。  昨年九月、モルドイ村へ連行される途中、一泊した夜の猛吹雪に凍えたことを思い出した。  今日も食事なし。砂浜に横たわっていると、背中が温まり、空腹なのに眠ってしまった。何度か目覚めその度に澄んだ夜空の星をみつめた。  翌朝、無蓋車に乗車。最初の駅 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(50)

 乗船してみて日本海を横断するには、船が小さ過ぎると思った。その上、甲板と海面の差は一mあるなしである。これでは日本帰還は危険だ。とすれば、ここから遠くない地に私たちを運び、体力を付けさせて再びシベリアへ送り返すのではないかと、悪い方に考えが傾く。  しかし、目の前には朝鮮北端があり、右側の満州に地続きである。いずれも冬季の厳し ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(49)

 ノーバヤを出発する時の角砂糖二個といい、今日の桃缶といい、かつてなかった些細な待遇改善は、間違いなく帰還の前触れかもしれない。  ソ連は捕虜の送還に当たって、少しでも良い印象を与えておこうと、子供騙しのような気配りをしたのだろう。あれ位のことでよい印象など、日本に持って帰るわけにはいかないよな、と奴らの浅知恵を笑ったものだった ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(48)

 女性ばかり四人が鉄橋に立ちはだかっている。鉄橋の修理をしているらしい。本来なら男がやる仕事を、女性の労働者が夜中にやっていた。第二次世界大戦で男手が不足したためだろうが、それにしても労働意欲の素晴らしさに感嘆した。  翌日、海辺に到着した。ここが終点であった。プラットホームも駅舎も何もない。これから先はレールがなかった。海辺に ...

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