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連載小説

どこから来たの=大門千夏=(35)

 入学式が終わると近所の写真屋に行って記念写真を撮ったので、今、あの時の私の姿がよくわかる。母はどこから手に入れたのか、セーラー服と皮のランドセル、画用紙入れ、革靴、それにベレー帽まで用意してくれた。長女の入学にはことさら情熱を注いだようだった。  小学校に上がってしばらくすると私はピアノを習いに行かされた。一カ月後は妹も習い始 ...

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どこから来たの=大門千夏=(34)

 これは我が孫だけに限ったことではない。何処の赤ん坊も同じなのだ。  命の誕生が単なる物質の組み合わせだけでこの世に誕生したとは思えない。何かとてつもない力強い意思が働いて渦巻く巨大なエネルギーに守られて深遠なる世界から来たに違いない。それでなくて如何して此れだけの智恵に満ちているのだろうか。  小さな体、言葉も話せないのに周り ...

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どこから来たの=大門千夏=(33)

「何処から来たの? どんな所から来たの? 祖先様に会った? どんな顔形をしていた? どんな話をしたの? 貴女にこの肉体を着せてくれた人は誰だった? どんな人だった?」  私は声に出してしつこく聞いてみる。  覚えているに違いない。ただ伝えるすべを知らないし私も聞き出す術を知らない。  赤ん坊はまるで話がわかるかのようにじっと真剣 ...

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どこから来たの=大門千夏=(32)

 「あらっ! んまあ、あなた」母はびっくりして、次の言葉が出ない。  「良い奴だった。一緒に酒を飲んだ」ニコニコしてうれしそうに話す父。 「えっ、病院でお酒を飲んだのですか」 「あさって退院すると言うておった。ああ、その前に、お前に話があるから来てくれと言った。話がすんだらすぐに退院手続きをするように」  父は手短に話すと、又い ...

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どこから来たの=大門千夏=(31)

 それもそのはず、この男が「やくざ」だという事が間もなくわかったのだ。前にもこの手で入院してきた同じ男だと看護婦がそっと教えてくれた。二人のチンピラが、常に部屋の出入り口を見張っているそうだ。  警察にも相談したが、「どこも痛くも悪くもないのに、いつまでも病院で寝泊まりして相手を困らせて、お金をゆすり盗るんです。外車に乗っておら ...

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どこから来たの=大門千夏=(30)

 彼らは休憩気分で寄り、お茶を飲んだり時には父のふるまうビールを飲んだり、無駄話を一時して父に何かを売りつけると帰ってゆく。文房具、台所用品、カミソリ、靴ベラ、時にはおもちゃ、裁縫用具など、こまごました役に立つような立たないような品物ばかり。  鉛筆は木が固すぎてうまく削れない、ナイフもカミソリも数回使っただけで刃がダメになった ...

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どこから来たの=大門千夏=(29)

 バールの主人は毎回食べ物をあげるだけで追い立てるようなことはしない。心ひろい人なのだ。  そのうちマットをくれる人が現れた。待てば海路の日和かな。じっとしているだけで必要なものがなんでも集まるではないか「乞食を三日したら止められない」というが、この国だと「乞食を一日したらやめられない」次の日は大きな安楽椅子に座っていた。ふかふ ...

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どこから来たの=大門千夏=(28)

 この家の母親が園長先生で、大学を出たばかりの大層美しい娘が手伝っていた。ご主人は影が薄くて時折見かけるくらいだった。そしておばあちゃんもいた。もうとっくに八〇歳を超えていて、家の前のベランダで、小さな体を、籐椅子の中に埋まるようにして日向ぼっこをしながら、ひがな居眠りをしていた。  ちょうどあの日は冬休みに入った数日後だった。 ...

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どこから来たの=大門千夏=(27)

 これを左手の平に置くと、その端を右手でつまみ、スルスルーッと引っ張った。ペーパーはくるくると左手の中で回って、右手は頭より高くまで上がった。まるで運動会の旗手のようだ。大分の長さになると丁寧に根元をちぎって、残りのトイレット・ペーパーは、またきちんとカバンの中に収められた。  彼はその切った紙を正確に八つに折って、持って立ち上 ...

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どこから来たの=大門千夏=(26)

 その時、あれ! 懐炉が二つになった! お腹の上に張り付いたようにもう一つ並んだ。よほど寒気がしているんだわ、二つもつけて。お気の毒に。長居してごめんなさいね。 家に帰ってしばらくして気が付いた。  あれはおっぱいだった! 懐炉じゃあなかった。「垂乳ね」だったのだ。それにしても若い時の胸はさぞやさぞや。 5 靴  近所には外国人 ...

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