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連載小説

道のない道=村上尚子=(71)

 もう一匹のタロの方は、大人しくて、父が叩くのを見たことがない。あの大きなタロは、一日中、短い鎖につながれて、小屋の周りに立ち、退屈そうに眺めている。今まで、誰一人散歩にも連れ出してやっていないのは想像がつく……みんな自分の生きるので精いっぱいだから。ある日、タロの首の鎖もはずれ、門の小さい方の扉が、うっかり開いていた。  タロ ...

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道のない道=村上尚子=(70)

 父は母屋で寝起きしている。あと二匹の犬がいる。一匹はシェパード、もう一匹は人間を四つんばいにしたより大きな、茶色の優しい犬である。一応これで、犬も入れて家族が揃い、この家の生活がスタートした。私は、殺風景な室のたんすの壁に、カレンダーを下げた。そして一日が終わると、その数字の上にX印をつけていった。このX印が四十個並んだら、父 ...

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道のない道=村上尚子=(69)

 町枝に対する返事のとき私が強調したことは、私がいかに亭主関白で、タツヨに対して、良い夫でなかったとしても、タツヨの立場に立って私を責めることはない、何かお前は忘れていることはないか。それはタツヨは、お前たちの母親である以前に、私の妻であるということ。  私たちは夫婦になった最初から、私たちの在り方は二人で決めていたことである。 ...

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道のない道=村上尚子=(68)

 女中は、じゅん(卓二の息子)の学校行きの支度をすることが条件で、三月二十五日に雇ったもの。初めのうちは、九時半頃までに来て、一応間に合う女中であったが、日が経つにつれ、だんだん遅く来るようになり、最近半月程は、十二時頃、のこのこやって来る。  それでは、じゅんの学校に間に合わないので、私が昼飯を作って間に合うようにした。女中は ...

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道のない道=村上尚子=(67)

 私の会社の話に戻る。定刻に出勤しているのに、すでに仲間たちは来ていて、社内の掃除をしている。「そうか、言われなくても早めに出て来て、掃除をするのだな……」      日本ではこうするのか。次の日から、みなと同じように早めに来て、掃除をした。誰も言ってくれなかったので、私ひとりが、横着者になるところであった。  それからしばらく ...

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道のない道=村上尚子=(66)

 話が途切れると、照れくさい! その時は自分にある癖を皆出した。耳を引っ張ったり、腕を振ってみたりした。すると、向こうの方から、少し胸を開いてきて、 「何か用かね?」と、優しく尋ねてくれた。それからやっと用件を切り出した……  このやり方で結果が出はじめた。私自身が、お百姓さんたちへ懐(なつ)いているのに気がついていた。田舎の人 ...

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道のない道=村上尚子=(65)

 無口な友行には、こんな仕事は向かないのでは? と思うのだが、そこそこに契約を採って来ている。一度付いて行って、彼の仕事振りを眺めていたが、 かえってあの無口と誠実さで、話している声は理論的で優しく説明をしている。それが受けているのだと思えた。私には、こんな難しいことは無理だし、何の手伝いも出来ない。  そこで、ある大きな会社( ...

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道のない道=村上尚子=(64)

 どうやら、この寺の家族は、私を友行の嫁として、受け止めているらしい……困ったことになった。  寺では、父親が亡くなり、弟が継いでいて、かわいらしい息子と嫁もいる。母親は、一応この寺では、私の義母ということになったので、私は彼女を「お母さん」と呼んだ。痩せた小柄な人で、温かみのある人だ。彼女とは馬が合うようだ。  お母さんは、寺 ...

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道のない道=村上尚子=(63)

 二人とも反対はせず、言葉が少なかった。母は、私の見送りのため、バスの停留所までついて来た。あの赤い土埃を巻き上げる田舎道で待っていると、バスはやがてやって来た。私は、バスに乗り込んで、発車し始めると、後の席に移動した。手を振るためである。  ところが、あの痩せた小さな母は、道の真ん中にしゃがみ込むと、うつむいた。何となく草をむ ...

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道のない道=村上尚子=(62)

 そのうち生活は、いよいよ貧しくなり、水代も惜しくなってきた。私はあの食堂の資金を貸したA子を思い出した。今はバイア州で成功しているという噂を聞いている。「借金を返してほしい」と伝えてみた。彼女なら、すぐに返済してくれるはずだと、軽く考えていた。ところが、 「そんな人だとは、知らなかった!」  と、大層恨んでいるとのこと。私には ...

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