ホーム | 文芸 | 連載小説 (ページ 87)

連載小説

道のない道=村上尚子=(11)

     難 産  この日も臨月の私は、焼けつくような日差しの中、切り倒してある大木を、移動させようとしていた。大木の両端に鎖の輪をつけて、その鎖へ棒を通し弟と二人で担いでいた。渾身の力で持ち上げて、数歩行くと急に腹痛がして、しゃがみ込んでしまった。抱え込まれて室の中に寝かされた私に、母は落ち着いた物腰である。 「陣痛が、始まっ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(10)

 ある日のこと。  保明が、裏の原始林へ狩のため入っていった。彼は二時間くらいして戻って来た。弟の手には獲物は無く、ぐったりとしたタロが抱き抱えられている。タロの息はもうなかった…… タロとは、家で飼っていた大きな犬の名前である。おとなしい目をして、みんなに遠慮勝ちに付いて回っていた。うす茶色の短い毛の彼は、この日も弟に寄り添っ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(9)

 なので、その辺の男でも大抵三人も、女を持っているとのことである。  話は戻る。  その店での買い物は、ツケが利く。経営者の、ジョンソンが肩代わりをしている。二年後に、私たちが受け取るはずの、仕事賃から差し引いて、精算されることになっている。なので、現金の顔も見たことがない。  この食料の買い入れは、馬に乗って行く。これは弟の受 ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(8)

 この半年間、忘れようとて忘れられない母の悲鳴を、又聞いてしまった。とっさに私は、エンシャーダを投げ捨てた。そして走った。そのただならない行動に、茂夫は異常を感じたらしく、自分も手からエンシャーダを放して、一緒に走った。気は急くが、家まではあまりにも距離がある。たどり着いた時も、母の悲鳴は続いていた。  父が家の裏の壁に母を押し ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(7)

 わき道にそれるが、とうもろこしでの思い出がある。  その時から二年過ぎた頃である。弟は独学でスペイン語が何とか解りはじめていた。なので、こんな人里はなれた所にも、細々とした情報は入ってきていた。どうも隣の四キロ先にある所に、人殺しが住んでいるという。パラグアイ人の男で、今警察に追われ、そこへ逃げ込んでいるとのこと。  当時のパ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(6)

 あの愕きと恐ろしさは忘れられない。犬と全く違うのはいいとして、あんなものが私の体の中に入るはずがない。恐怖と緊張に目をつぶった。その時である。深刻な茂夫の声がした。 「おかしいなあ……ここだと思うけんど……」  その声で、やはり彼もそちらの知識は無いらしいことが分かった。そうとうな時間が経って無事、初夜は終わった。  その日を ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(5)

 ところで、この地区には監督という者がいる。月に一度くらい馬に乗って、仕事の進み具合を見にくる。やかましい小言は何も言わずに、十五分もいたら帰って行く。  父に期待する者はいない。だれも口にこそ出さないが、この家の中が平穏であることだけを願っていた。  そんな父が珍しく、せかせかと庭の土をいじっている。見ると、日本にあったと同じ ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(4)

 その頃、茂夫とは、軽く付き合ってはいた。けれども、結婚など考えてもいなかった。当時の多くの者は、父親の意見には、従わなければならなかった。私の父であれば、絶対服従である。それでも強く抵抗した。 「いやばい(いやです)」懸命に言い続けた。父に言い含められている母は、深刻になり、私を説得した。 「お父さんが、どうしてもち言うき、言 ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(3)

 公園は少し歩いたところだった。そして公園にある建物の陰に私を連れて行った。男は、静かに私を抱き寄せて、接吻した。生まれて始めての接吻は、気持ちが悪い。そのうち、抱きしめた片方の手を、私の胸に差し入れてきた。いつまでも接吻をしたまま、私の乳をもみ始めたのだ。 「男は、こんなことをするの?」  と驚きながらも、逃げなければいけない ...

続きを読む »

道のない道=村上尚子=(2)

     虐  待  その手をついている父が、母へどのようなことをしてきたのか、話すには勇気がいる…… 日本でのことである。 「ひいーッ!」  いつものように、母の悲鳴にハッ!とすると、父が野球のバットを握り、彼女を追いかけてくる。口元をゆがめ、今にも取って食いそうな目である。母は隣の、親戚の家へ飛びこんだ。 「どこに隠れても、 ...

続きを読む »