そんなわけで父親と「兄さん」の仲はますます険悪なものとなっていった。いつも言い争いが絶えなかった。兵譽は町に出て、現状に不満をもつ人々の仲間入りをするようになっていた。 「笠戸丸」から二〇年以上も過ぎ、サンパウロ奥地の農村地帯では、日本からの移住者は力を合わせて会館を建設し、体育館も建て、スポーツを楽しみ、祭りや宗教行事、政治 ...
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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(18)
どうやら朝のコーヒー(軽食)なのだ。何とテーブルの上には、大きなスイカとかマモン(マンゴ)とか、色ずいたバナナに、自家製らしいパンが山と出してある。果物、パンはさすがブラジル、上手に出来ていた。しかし牛乳とバターは匂いが強くて、手を付けられなかった。 さて長々と日本の家族の話をして、又井出利葉さんの移民人生「喜怒哀楽談義」を夢 ...
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太郎は「おじさんたち、井出利葉さんですか」と尋ねた。「そうじゃが何か」「ああ、良かった。僕はおじさんを探して、サンパウロから来ました。井出利葉さんは「ふうーん、こんな所に用のあるようなもんにゃ見えんが。家はそこじゃけん、一寸来なんせ」。そう言って、馬の手綱を緩めた。馬車は自分のうちへと歩き出した。 太郎は小走りで後ろをついて行 ...
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そして1960年、いよいよ独立の機運到来では有ったが、行方家の家庭事情、経済事情で、青年達にまで支援援助は至難である。よって「それぞれのプラン計画、望みによって、身の進路を考えてもらいたい」と行方正次郎氏ご本人から説明があり、真心籠もったお話に、今の自分の立場では、パトロンとは言えども甘えすぎと決心、この際じっくり考えようと流 ...
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さて、千年太郎青年は、岩下ご夫妻の親愛なるご指導ご鞭撻により、岩下家の主生産品のトマテ(トマト)生産出荷に向けて、頑張って行く。五、六ヶ月はアッと言う間に過ぎた。ところがここで予想だにしなかった事態発生。早くも挫折の危機に見舞われる。九月にはいり、季節は春ながら海岸線特有の蒸し暑さが続き、トマテには大敵のべト病が蔓延。毎日、噴 ...
続きを読む »自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(14)
その間、千年さん、瞬き(まばたき)出来たかどうか、茫然としていた。姉の玲子さんが、後を追ってきた愛子さんと二人で、こちらに手を振って、家の方へ消えて行った。 この一瞬の出来事は、千年の生涯でも、忘れ難く脳裏に焼き付いた一事となった。母国の娘さん達に出来る技では無いと、この時ばかりは度肝を抜かれた。貴重な体験となった。 いやはや ...
続きを読む »自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(13)
楽しい時間は早いもの、何と午前様とあいなった。一同休ませて頂く事にした。新コチア青年二人はかなり「ご銘亭」。ベットに横になったかと思ったら、二人で高いびき。朝までぐっすり。パトロンの計らいで朝寝が出来た。 もう十一時である。岩下氏の子供から「昼食(アルモッサ)だよ」と声がかかった。ブラジルの農家の昼食は十一時頃が普通のようであ ...
続きを読む »自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(12)
感慨深い、第一歩をまさにふみ出したのだ。ブラジルの原始林の真っただ中の、素朴な住まい。飾り気ない寝室だが、彼らが夢に向かって突進する居城なのであった。 ここが千年太郎、野口節男、二青年の雇い主(パトロン)、岩下与一氏宅である。 一九五七年頃、ブラジル政府は旧日本移民の素晴らしい業績と実直な働きに対して理解をしめし、戦後移民受け ...
続きを読む »自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(11)
いよいよ、千年(ちとせ)太郎君の名が出た。次いで野口節男君、二名はピエダーデ郡在住の岩下与一さんへと指名され、岩下氏は手を振っている。 千年君と野口君二人は、岩下氏の元へ深々と頭を下げて挨拶していた。そして外で待ち構えていた車の運転手さんに、岩下氏が「待たしたな。荷物を積みましょう」と声をかけた。後ろのドアから二人の荷物を積ん ...
続きを読む »自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(10)
まず出されたのはパンとコーヒー。コーヒーは正に本場であるから良しとしても、「パン」は余りにもかたい。それに「マンテーガ」なる乳製クリームと、「モルタンデ―ラ」を挟んだ「サンドイッチ」である。これがどうも、日本人には妙な味で口に入らない。匂いも強い。「これからブラジル生活には避けて通れぬ『トーマカフェ』(朝食)である」と聞かされ ...
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