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連載小説

自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(9)

 午前七時になった。移民船ぶらじる丸最後の朝食となった。日本的な雰囲気はこれが最後か。あと一時間で新天地、ブラジルの国土に踏み出す事となる。 朝食後は、自分の身の回り品を下船に備えねばならぬ。昨夜の内に済ませてはおいた、手荷物すべてを持って看板に整列した。その頃、ウルグァイ、アルゼンチンに行かれる同船者との別れも。再会の機会が果 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(8)

 さらに艦内放送でも「忘れ物のない様に慌てず、気を付けてゆっくりお願いします。アルゼンチン行きの方は、慌てないで自室でゆっくりお待ち下さい」と頻繁に流れていた。 それでも日本人は気が早い。昨夜から用意していた人もいたようだ。家族移民の人もおられる。何と忙しい事か。日野さん(日野さんは福岡県朝倉郡杷木町出身の呼び寄せ家族移民)も、 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(7)

 侍従長役、やおらお立ちに成り、三名の侍従を従えて、先程ご登場の方角に退散なさいます。笹山部長は、侍従長殿退出後、海魚に(扮した)役者に囲まれて船員乗客から祝福をお受けに成られる。船長代理は航海許可証書を捧げながら、うやうやしく目上に戴き、船員および出演者と喜びあい、舞台から下がって行く。目出度し、目出度しで幕となった。 そのよ ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(6)

 何の呼び出しか、太郎には解からない。怪訝そうな目つきでふさぎこんでいた。太平洋上の酒盛りの一件が祟って、なんとなく不安だった。 あの酒盛り事件以後、皆の見る目が太郎には眩しく不愉快な日々を送るしか手はなかった。大西洋は太平洋とは打って変わっていた。なーる程、大西洋、静かにて、日本の真冬とは大変わり、中南米特異の上天候が続いてい ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(5)

 誠にめでたく、神戸港より新造船「ぶらじる丸」一万五〇〇総トンの移民船は、昭和三十一年(一九五六年)十二月二日、海外移民(移住者)を乗せて神戸港から横浜港へ。ここで東日本移民組が合流。総勢一五〇〇、六〇〇名の移住者を乗せて、貨客船「ぶらじる丸」は南米各国に向かった。 真冬の太平洋へ――。いやはや、予想はしていたが、「ぶらじる丸」 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(4)

 ある早春の昼下がり。春雨に桜の花も散り、緑の若葉が清々しいある日のことであった。父と母は田んぼ、祖父母は桑畑に蚕の餌である桑の葉を採りに出かけて皆留守である。 表に自転車の音がした。郵便屋さんの様である。出て見ると、土間に一通の大きな封筒が投げ込んであった。拾い上げて見ると「農業協同組合」からのお知らせの様である。ふと受取人の ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(3)

 その頃、進駐軍の車は皆な「ガソリン車」で有った様だ。太郎の田舎の車は、いや、日本全国では木炭車が殆どの時代だった。将来は日本も「ガソリン車の時代」が早急に来ると信じられて居たのである。大阪に行くと言っても今時の社員とは雲泥の差があった。仕事は「丁稚奉公」並みなのであった。見習い修業は想像を絶する努力と辛抱を要する重労働であった ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(2)

 母親がめずらしく涙しながら大きくなったお腹を撫でながら、諭していたあの言葉は、太郎が生涯忘れられない「母の言葉」と成りました。「上の二人の兄ちゃんは、もう兵隊にゃいかんで良かけん、外で働いて貰う。太ちゃんはまだ十歳ばってん、母ぁちゃんのお手伝いをして呉れんネ。そして、よそんもん(他所の人)に負けんような人間になって勉強もして貰 ...

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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(1)

第1章    「若人海を渡る」      一九四五年八月十五日、天皇陛下の玉音放送、「耐え難きを耐え」「忍び難きを忍び」との鶴の一声をもって、大東亜戦争が終戦とあいなりました。その日こそ、真実、国民には春が来たと表現すべきかもしれない。この小説の主人公「千年太郎」(ちとせ・たろう)も、作者「筑紫橘郎」(ちくし・きつろう)も同年代 ...

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「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(49)

「リカルドは、誰かさんと違って、家族の愛情に恵まれて育っただけ幸せだよ」「木村社長は、相変わらず金儲けに忙しいのでしょうか? 死んだカロリーナがあの人に残したメッセージのことは忘れたのかな・・・」「忘れてないよ。結局、人生で一番大切なのは、金とか社会的な地位がなくなっても、最後に自分に残るものじゃないか。どんな時でも自分を愛して ...

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