ニッケイ新聞 2013年9月3日 「君がトレメ・トレメで遊んでいるのも、ボアッチ通いしているのも聞いていた。そんなことについて注意するつもりはない。ブラジルの土を踏んだ独身の男は皆そうやって遊んできた。しかし、結婚となると話は別だ。君はいずれ日本に帰ることがはっきりしているんだ」 「日本に戻ることくらい相手に説明して付き合ってい ...
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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第152回
ニッケイ新聞 2013年9月4日 「名前はなんていうの」マリーナは子供の顔を見ながら聞いた。 「望マリオっていうの」叫子が答えた。 児玉も改めてマリオの顔を見つめた。浅黒い肌の色をしている。 「日本でマリオが生まれたのなら、大変な人生が待っていると思うけど、ブラジルならこの子の思うように自由に生きられると思う。ホントにブラジル ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第136回
ニッケイ新聞 2013年8月13日 平壌の案内員は平然と包みを開いた。その横に仁貞はにじり寄り、地元の案内員にわからないように百ドル紙幣を握らせた。 「どうか今晩は三人だけで、この家で過ごさせてもらえまいか。この年でもう車に乗る気力もない。二度と共和国に来ることもできないかもしれない。だからお願いだからここで一晩過ごさせてくれ ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第137回
ニッケイ新聞 2013年8月14日 日本から運ばれたきたものを自分たちで使うのではなく、文子は売って生きながらえようと考えていた。 午前八時になると、車で案内員が迎えに来た。見たこともない車はソ連製のジープを真似て造った共和国製の「更生六八型」という車だった。 仁貞の滞在期間は二週間だったが、会えたのはその一晩だけだった。 ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第138回
ニッケイ新聞 2013年8月15日 エスペランサ 小宮清一と東駅叫子は結婚届けをカルトリオ(登記所)にまだ提出していなかった。日本のように署名と捺印だけで結婚届けがすぐに受理されるのではなく、まず市役所官報に二人の名前が告示された。一ヶ月間、二人の結婚に異議を申し立てる者がいないかの確認が行われ、異議申立人がいないことが明らか ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第139回
ニッケイ新聞 2013年8月16日 パウリスタ通りを過ぎるとレボーサス通りに入る。何度も通っている道だが、平然と割り込みを行うドライバーが多く、前方に注意していないと、サンパウロでは事故を起こしてしまう。両側の店のウィンドウに目をやる余裕など小宮にはなかった。ウェディングドレスを飾った店が二、三軒あった程度の記憶しかなかった。 ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第140回
ニッケイ新聞 2013年8月17日 しかし、小宮には試着した二十着近いドレスの違いなどまったく記憶にはなかった。それでもドレスについて話し続ける叫子の表情は幸福感に満ちていた。 日曜日の夜、パウロが戻ってきた。 「カルトリオの保証人は従姉夫婦と伯父夫婦に頼んだ。日付が決まったら連絡すれば、時間は都合つけるというから心配しない ...
続きを読む »連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第141回
ニッケイ新聞 2013年8月20日 「新婦の親戚は直接教会に行っているのかい。どちらの出身なんだい」 「私も彼女も家族はブラジルにいません」 小宮の返事には竹沢は訝る表情をした。 すぐに叫子が自分の境遇を説明した。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのか、すまなそうに言った。 「晴れやかな日なのに、余計なことを聞いて ...
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ニッケイ新聞 2013年8月21日 叫子がブーケを力いっぱい後方に投げると、奪い合う女性の甲高い声が響いた。ブーケを手にしたのは、整備士見習いの恋人で、割と小柄な女性だった。 結婚式はすべて終わった。スーツを着ている参列者は竹沢だけで、あとのものは普段の格好で式に参加していた。格式ばった感じではなく、二人を祝福してく ...
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ニッケイ新聞 2013年8月22日 歓声と会話でざわついていたバールだが、フェスタをしているテーブルだけが静まりかえった。 「日本では私のような黒い肌をしたミスチッサは差別され、それどころか結婚もできません。日本で暮らしていても将来に希望を持てないと思い、ブラジルに移住してきました。サンパウロでマリードに出会い、結婚す ...
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