パナマを越えて=本間剛夫
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パナマを越えて=本間剛夫=17
船長は私の手から菊花紋章のついた旅券をとって、その袋に入れ、終りに手際よく両端を結んだ。その瞬間、私はブラジル人になった。正真正銘の。ブラジル旅券を開くと、 《国籍》 ブラジル共和国《出生地》
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パナマを越えて=本間剛夫=16
私は数日前まで船長はじめパーサーも機関長も、この男を殆ど無視していると考えていた。今日まで船長らとコーチとの対話らしいものを聞いたことがなかったのだが、今日のコーチが鷹揚に備えて船長の話しに合槌を打
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パナマを越えて=本間剛夫=15
「やあ、よくお休みになれましたか」 私を激しくたしなめた昨夜の船長の表情はなく、客に対する丁重な口調に変わっていた。私は熟睡できなかった。コーチの鼾で、幾度か眼をさまされては、そのたびに腹を撫でて胴巻
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パナマを越えて=本間剛夫=14
「だから、そのダイアはブラジルのものではない。英国のものだ。それを日本がブラジルの軍部に手を廻して買い取ったんです。ブラジルは、かつて日露戦争の時に小さな巡洋艦を日本に譲ってくれたことがある。ブラジル
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パナマを越えて=本間剛夫=13
「エメボイ農大の入学試験は、後二週間ほどです。募集は四十人ですが、もう全国から百六十人ほどの願書が来ています。あなたも、今、ここで願書をお書きなさい」 私は早速願書を書いて差し出して、試験当日上京して
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パナマを越えて=本間剛夫=12
ミナミ氏がアメリカ人でありながら、日本の戦争に協力して、彼が愛し骨を埋めることになったブラジルへの貢献の報いもついに実現できなかった。その胸の痛みを知るのは、この地上で私だけだ。彼の一途な武士のよう
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パナマを越えて=本間剛夫=11
私は日本の学者たちの通訳で二カ月もアマゾン流域を歩き廻ったこと、その役目を私に名指したのが、母校エメボイ農大の英人教師だったことを思い出したが、アマゾンから水晶やダイヤが採れるとは知らなかった。「あ
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パナマを越えて=本間剛夫=10
ボーイが入って来たので、立とうとすると、船長が「まあ、もうちょっと話しましょう。福田さんと話していると、私の郷里の訛があってたのしいんですよ」と云うので私も跳ね返すように云った。「船長さんは、栃木で
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パナマを越えて=本間剛夫=9
そこで、コーチの長い話は終わった。 私は初めて、コーチが相当な教養ある男だと判断して、いつかゆっくり話し合いたいと考えた。 すると、コーチが続けた。「船長、日本では、船長は海軍将校ですね。それなら、
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パナマを越えて=本間剛夫=8
「父は英国人にだまされてペルーに売られた奴隷だったんです。一八六三年、アメリカのリンカンの政策に習って、南米諸国も奴隷を開放したのはいいが、その代わりに日本人に眼をつけたんです。人身売買は英国人の得意